黒真珠の鍵(6)
「いらっしゃいませ、お待ちしておりましたよ」
「えぇ、お約束通り参りましたが……そのご様子ですと、お話は受けていただけそうでしょうか?」
ショーケースに収まっていた銀細工の腕輪を磨きながら、予定通りにやってきたお客様に、一応の挨拶をするラウール。今日も今日とて、黒い喪服を着てはいるものの……既に彼女の方はその気分も抜けているのだろう、胸元には豪華にも程がある、場違いな大粒の花珠パールが鈴なりにぶら下がっていた。
「……まぁ、そんなところです。彼から返事と条件を預かってきましたので、事前にご用意いただきたいと言伝がありました。……まず依頼料は金貨10枚だそうです。こちらは大丈夫そうですか?」
「問題ありません。その金額でしたら、明日にでもご用意できます」
彼女の即断に、またも苦々しい思いをさせられるラウール。1日食べていくのに、概ね銅貨3枚(金貨1枚は銅貨約5000枚程度)しか使わない彼にとって、途方もない金額をすぐに用意できるという返事は、かなり気に入らないものだった。
「まぁ……金額に関しては、問題なさそうですか? では、後の2つの条件も伝えておきますね。1つ目は彼が請け負うのはあくまで、鍵が使える場所の案内まで。それ以上のエスコートは絶対にしないと言っていました。それと……2つ目は、その先に行くためのお供はご自身でご用意いただきたい、という事。俺には、彼の意図はよく分かりませんが……危険な場所なのかもしれませんね、鍵が使える場所が。その2点も鑑みて、ご依頼されるという事であれば、3日後にこちらに前金だけお持ちください。前金を確認出来次第、次の満月の夜にそちらのお屋敷にお迎えに上がりますと申していました」
「お迎えに上がる……でしょうか? そもそも、私はこちらの素性は何もお話をしていない気がしますが……」
「おや、それだけ盛大にヒントを着込んでいて、何を仰るのです。その気味の悪いクロアゲハのドレスはお家柄の紋章を象ったものでしょう? ……蝶を紋章にしている貴族なんて、そうそういるもんじゃありませんよ。おそらく、貴方様の亡きご主人はロンディーネ侯爵ではありませんか? 先日、事故でお亡くなりになったと新聞にも大きく出ていましたし、俺でもすぐに気付きますよ。その事故も、ご自身がかつて所有していたクロツバメ鉱山の視察に巻き込まれてのものだったとか。……いや、お労しい事、この上ありませんね」
「さすが、ですわね。なるほど、このドレスにはそういう意味もあったのですか……。私は嫁いだ先でただ着せられていただけでしたので……その意味も知らされていないのです」
「左様で? 何れにしても、お返事をお待ち申し上げておりますよ。なお、3日後に前金をお持ちいただけない場合はキャンセルとさせていただきますので、くれぐれもご注意を」
「かしこまりました。でしたら……それまでにきちんと依頼料はご用意いたしましょう。何卒よろしくお願いいたしますと、グリード様にもお伝えください」
「えぇ、いいですよ。と言っても……きっと前金が先だと、怒られてしまうでしょうけど」
最後まで軽妙な嫌味で切り返しながら、ロンディーネ夫人の表情の観察に余念がないラウール。そんな彼が「事故死」の部分で彼女の表情に僅かな焦りが乗っていたのに、気づかぬはずもなく。……どうやら今回の依頼は意外と根が深そうだと、思い出したように手元の腕輪を磨きながら、ラウールはどこまでも他人事のように考えていた。




