白を染めるブラッディ・ルビー(18)
「キャロル、お願いです! 俺の話を……聞いて‼︎」
アディショナルの効果なのか、それとも彼女自身の意思なのか。まるで猫のようにしなやかな動きで、グリードを翻弄しながら、飛び出した爪で容赦ない攻撃を仕掛けてくるキャロル。その口元に、言葉はない。その表情には……躊躇もない。ただひたすら、唇から覗く牙だけでグリードを威嚇してはいるものの。……その瞳には感情のカケラさえ、見当たらなかった。
「フフフ……おや、どうしたのです。あれ程、キャロルを蔑ろにしてきたのに、攻撃を躊躇うなんて。ほらほら! 身を守るだけでは、押し負けてしまいますよ⁉︎」
「キャロルは俺の事を……そんな風に言っていたのですか?」
「えぇ、えぇ。それはもう! 彼女は自分がわがままだったからだと、言ってもいましたが……そもそも、あなたはこの子をぞんざいに扱ってきたのでしょう? それでなければ、あんな街の真ん中で寂しそうに泣いていたりはしませんよ!」
「……そう。俺は……君を知らないところで、泣かせていたのですね」
飛び出した街の中で、彼女は1人で泣いていた。それなのに、その事実さえも気付かぬフリをして……些細な気晴らしさえも叱ったことが、今更ながら悔やまれる。あの日にもう少し、彼女の胸の内に向き合っていれば。ここまで事態は悪化しなかっただろうに。
(……そう。どこまでも……俺が悪いのです。それは……もう、痛い程に分かっています。だけど……だからって……)
この顛末はあんまりだろう。
まるで自分を詰り、責めるように、幾度となく繰り返される心ない叱責。そんな彼女の襲撃を手元で弾いてみても……彼女の爪は熱を忘れる事もないらしい。きっとその熱源は、彼に人形として仕立てられたせいだけではないだろう。間違いなく、この連撃の半分は彼女の嫌悪でできている。
……それでも。1つの可能性を探り出しては、入念に彼女を取り戻す方法を必死で考えるグリード。彼女の動きと、彼の動き。優雅に指揮棒を振るっては、グスタフが嬉しそうに鼻歌までもを口遊み始めるが。余裕の指先に仕掛けが施されているのに気付かぬ程までには、情けない大泥棒も落ちぶれてはいなかった。
「……申し訳ありません、クリムゾン。少しばかり、形を変える事はできますか? この際、防御は捨てても構いません。ただ、大元を狙えれば、それていいのです……!」
この膠着状態を退屈しながら、窺ってもいたのだろう。本来の相手を見定めていいと言われて、クリムゾンの方もいよいよ、咎を雪ぐための形態に変化し始める。そんな彼女が選んだのは、あまりに峻厳な鎖鞭。その偉容に、彼女の意図をしかと理解すると……自分の保身は諦め、紅蓮の煌めきを吹き出す桎梏を、奥で微笑む傀儡師に届ける……!
「行きますよ、クリムゾン! 今はとにかく……君の無念を晴らす事を考えるのです!」
「……ツッ⁉︎ 一体、何を……⁉︎」
キャロルの攻撃を避ける事さえせず、思いきり灼熱の猛威を奮わせれば。白い袖ごと、グスタフの右腕がスパリと吹き飛ぶ。そうして尚も、怒りが治らないらしいクリムゾンの恨みは、轟々と盛る炎となって……彼の腕を燃やすだけでは飽き足らず、今度は大蛇の如くに罪人の身を縛り上げ始めた。視界の端に置き去りにされた燃え滓の中には、グラニエラの証でもあり、かつてはジェームズが使っていた白薔薇の指輪が悲しげに転がっている。それさえ彼から引き離せば……キャロルの意識は多少、戻ってくるだろう。
(クッ……! それはともかく……。俺の方も……結構、ザックリきましたねぇ……。血は流せないにしても、痛みはきちんとあるんですよ……?)
左脇腹にしっかりと食い込む、小さな白い手。それでも尚、無慈悲な手を無理に解こうともせずに、ようやく捕まえられたと、彼女をそのまま抱き上げようとしてみるが。しかし、仕掛けを解かれた彼女は漆黒の腕をも振り解き、本能のままに傀儡師の元へ駆け寄って行く。
目の前にありながら、どこか遠くにさえ感じられる、その背中。そんな意識がないはずの彼女の本音を悟ると、いよいよ掛けるべき言葉が見つからない。既に自分の存在は彼女の瞳には映らない程に、不要なものに成り下がってしまった後らしい。折角、彼女と仲直りしようと一生懸命、言葉を考えてきたのに。それすらも、もう聞き届けてもらうことはできないのだろうか?




