白を染めるブラッディ・ルビー(17)
所謂失恋……多分、2回目。これはきっと、彼女の気持ちを無視し続けた報いなのだろう。まだ余裕で間に合うとタカを括っていたグリードにとって、キャロルの拒否はあまりに予想外でしかなかった。
「キャロルはグスタフ様と……この先もずっと、逃げ続けるのですか? その覚悟が、君にあるとでも?」
「……そこまでは分かりません。でも……。少なくとも、私を必要としてくれているのは、グスタフ様の方なのだと思います。だって、そうでしょう? いつだって……あなたにとって私は、何かのついででしかなかった。何かのおまけで優しくされても、辛いだけだった」
「別に、俺は何も……君をそんな風に扱ったつもりは……」
「もう、やめて。……これ以上は、何も……聞きたくありません」
「……」
疑いようもない、別れ話。縋るように彼女の心をこじ開けようとも、その鍵はとっくにどこかに落としてしまったらしい。自分に靡かない錠前がこの世に存在するなどとは、思いもしなかった彼にとって……その強固な封印は、途方もない強敵にしか思えない。
「フフフ……。どうやら、恋の勝負は私の勝ちのようですね……ラウール様。あの時の屈辱を晴らせて、非常に気分がいいですよ。しかし……きっとそのご様子ですと、このまますんなり道を開けては下さらないのでしょう? ……すみません、キャロル。この先も私と逃げてくださるつもりなら……少しばかり、力を貸してください」
「私に……何か、できる事があるのですか?」
「えぇ、ありますよ。こんな時のために、君には素敵な宝石を用意していたのですから」
大泥棒の失恋をさも面白そうに、息を吹き返したグスタフが満面の笑みを見せながら、取り出したのは……1輪の白薔薇が咲いた、指揮棒だった。その個人趣味全開のタクトの趣に、キャロルの役目とやらを即座に理解するグリード。
「ま、まさか……! グスタフ、それだけは……それだけは、やめろ! そんな事をしたら……!」
しかし、すぐさま彼の意図を理解したところで、動きさえも鈍っている彼の制止は到底、間に合わない。一方のグスタフは余裕の表情を剥き出しにしながら、彼女の首にもう一輪の薔薇を添えるように、タクトの頭を首輪にねじ込み始める。そうして、グリードが拾い損ねた鍵を代わりに回しましょうと、キリリと錠前をこじ開ければ。鍵穴に2輪の薔薇を首元に咲かせたキャロルの瞳は、元の茶色い穏やかな色とは程遠い、美しくも儚い色に変化していた。
「……グスタフ……! これは一体、何の悪い冗談でしょうか……?」
「勝負に勝った証に、栄光の続きも頂こうとしているだけです。……キャロルちゃんに秘密のコレクションを見られてしまったついでに、折角ですから秘蔵の品を与えることにしましてね。どうですか? この慎ましくも神々しい、青の瞳! サムシング・ブルー……まさに、私の花嫁に相応しい美しさでしょう⁉︎ ……さぁ、サラスヴァティ! 私と一緒に、道を切り開くのです!」
きっと、首根っこを掴まれているせいなのだろう。それでなくても、純粋なカケラでもない彼女には白薔薇の麻酔は猛毒と呼び習わすのにさえ、生易しい。グスタフの命令を素直に、そして愚直に聞きながら、姿はそのままのキャロルが牙を剥く。
今回ばかりは流石に逃げるが勝ちなどと、言っている場合ではないのは十分承知だが。それでも、目の前の傀儡師のお人形を相手にする程の覚悟は……どんなに頑張っても、傷だらけの心からは僅かばかりさえ、捻出できそうにもなかった。




