白を染めるブラッディ・ルビー(16)
手を取り合って駆け抜ける、純白の廊下。自分の手を引く彼の速度に合わせながら、角を折れ曲がったところで……前を駆けるグスタフの足が止まる。そんな急停止を訝しく思いながら、彼の視線を追ってみれば。そこには純白の空間をただ1点、闇に誘うような黒尽くめの男が立っていた。突如現れた、真っ黒な大泥棒との久しぶりの邂逅に、キャロルの胸がトクンと俄かに縮む。この場はとりあえず……少し様子を見た方がいいだろうか?
「……今夜は予告状はなかったと記憶していますが。それに、私はお前を招待したつもりもありませんよ?」
「おや、今宵は連れない事をおっしゃるのですね? この間はあんなにも、興味深い話に散々、嫌がる相手を付き合わせたクセに」
あからさまに詰るような、嫌味な口調。こちらを見下すような声色に、思い当たるものがあるのだろう。ハーフマスクの口元をギリリと鳴らしながら、目の前のドミノマスクの怪盗に向き合うグスタフ。前回に遭遇した時は色々と隠蔽していたようだが、今夜はそれすらもしてこなかったらしい。あまりに見覚えのある輪郭に、噛み付くようにグスタフが低く呟く。
「そうですか。そういう事だったのですね……! まさか、あなたが……」
「……それ以上は結構です。今回は俺への正式なオーダーはありませんが、彼女達が動いている時点で、あなたへの捕縛命令も既に出ているでしょう。ですので、俺としては……あなたを見逃すわけにもいかないんですよねぇ。それに、この子もあなたに復讐したいと唸っていますし。……どうです? ここで1つ、俺と勝負をしませんか?」
「生憎と、私は非常に多忙なのです。何せ、今のこの城は緊急事態ですから」
「あぁ。その事でしたら、心配には及びませんよ。あの哀れな白竜は先ほど、狩人達の手で機能停止させられていますから。今更、この城を放り出して逃げる必要もありません」
「……な、何ですって⁉︎」
きっとイノセントが説き伏せられるなんて、思いもしていなかったのだろう。そうして、どこか間抜けな調子で驚きを隠せないグスタフを小馬鹿にしたようにクスクスと笑いながら、肩を竦めて見せるグリード。そのあまりに意地悪なやり口に、静観を決め込んでいたはずのキャロルも居た堪れないと口を挟む。
「すみません、怪盗さん。グスタフ様は色々と、失ってばかりで疲れているのです。叔父様に、お父上。それと……結婚するはずだった花嫁さんも。……大事な人達がいなくなったせいで、寂しい思いを沢山してきたんです。ですから、これ以上……グスタフ様を悲しませないであげてくれませんか。これ以上、グスタフ様から何も取りあげないで欲しいのです。人を不幸にするのが、そんなに楽しいのですか?」
「キャ、キャロル? 俺は別にグスタフ様を不幸にしてやろうとか、何かを奪ってやろうとか、そういう目的で来たのではなくてですね。そもそも、君に……」
「言い訳はいらないです。実際にあなたがルヴィアさんを攫ったせいで、グスタフ様がどれだけ悲しまれた事か。もう……いい加減にしてあげてください」
きっと助けを待っていてくれていると思っていた相手からの、あからさまに連れない拒絶の言葉。今まで追いかけられる事はあっても、追いかけた事はないグリードにとって……キャロルの撥無は過剰な自意識を磨砕されるのに、十分すぎる威力だった。




