白を染めるブラッディ・ルビー(15)
「……ここまで来れば、後はお任せしてもいいですか?」
「そうですわね。……助太刀、感謝いたしますわ」
「後の面倒事はヴィクトワール様達に任せて、私達は彼女の封印をしてしまいましょうか」
既に抵抗する気力さえも抑圧された哀れな白竜を前に、そんな事を話し合う怪盗と狩人達。おそらく……彼女達の様子から察するに、逃亡者達の捕縛は別の部隊が動いているのだろう。
「ほら、あなたの方は探し物があるのでしょう? こちらは私達に任せて、さっさとお行きなさいな。言っておきますが、帰りが遅くなった場合はコーヒーもスープも抜きですからね!」
「へーい……そう言えば、最近はロクに食べさせてもらえていませんでした。そういう事でしたら……さっさと仕事を済ませて、コーヒーだけでも頂けるようにしませんと」
「まぁ、そうでしたの? 噂には聞いていましたが、ソーニャの鬼嫁っぷりは半端ありませんわね……!」
「いくら相手が生意気でも、子猫ちゃんにミルクを与えないのは、悪魔の如き所業……! いくらなんでも、あんまりですわ……!」
「サナにヒトハ! 人聞きの悪い事を仰らないで!」
「……生意気で悪ぅございましたね、生意気で。そもそも、俺が子猫ってガラですか?」
「あら、ヴィクトワール様が常々おっきな子猫ちゃんをじゃらすのは、大変だと仰っていましたよ?」
「そうそう。素直じゃない上に生意気だから、扱いづらい事、この上ないと……」
「あぁ、分かりました、分かりましたよ! その生意気な子猫ちゃんは、もう一仕事こなさなければなりません。ですから、この場はさっさと退散することにします!」
面白半分に自分を茶化し始める同僚の意地悪に、これ以上巻き込まれては敵わないと、スタコラサッサと逃げ出すグリード。左手に真紅の剣を携えたまま、まずは彼女の願いを成就させようと走り出す。きっとターゲットを見つけられさえすれば、彼女の目的だけは達成できるだろう。そして……。
(俺の目的も上手く、成就してくれるといいのですけど……)
そちらに関しては確証も自信もないため、どこまで自分が吹っ切れられるのかも不透明なのが、情けない。自分の気持ちさえ、よく分からなくなっているのに。果たして、誰かの気持ちを慮るなんてことが……今更、できるのだろうか。
***
「……どこに行くのですか、キャロル。この私を置いて、逃げてしまうのですか? それとも……?」
「グスタフ様……。さっきの叫び声は……? 私はあの声の所に行こうと……」
「あぁ、あれですか。イノセントがとうとう、壊れてしまったみたいでしてね。……大丈夫ですよ。今頃はきっと、餌を貰って満腹でしょうから」
声のする方へ。ひたすら……声の主を探しに。そうして一際、明るい場所を目指して走っていると程なくして、逃げ惑う群衆の金切り声が聞こえてくる。向こう側から木霊してきた悲壮な絶叫に、立ち止まって足を竦ませているキャロルの背後には、怪しげな仮面をつけたグスタフが立っていた。
「餌……ですか?」
「そう、餌ですよ。どこで聞きつけたのかは知りませんが、即売会に狩人が紛れ込んでいましてね。ですが……あの形態になったイノセントに、彼女達が敵うとも思えません。……フフフ。今頃はきっと……全員、食い殺されていることでしょう。……さ、キャロル。行きましょう。こうなってはこの城が消滅するのも、時間の問題です。この先も……私と一緒に逃げてはくれませんか?」
どこまでも柔和に、どこまでも優雅に。いつもと変わらない、優しい声色に、優しい物腰。それでも……キャロルには彼もまた、既に何かが壊れてしまっているように思えてならなかった。
恭しく差し伸べられる、温かい掌。その持ち主が、先程まで自分を捕らえていたであろう事は疑いようもないのに……何故か、その手を振り解くこともできない。いよいよ自分の前に跪き、さも愛しいと……高貴な口づけを差し出した手に頂けば。あまりに悲しそうな涙に、彼を1人で置き去りにもできないと、微かに揺れる頭に手を伸べる。
彼は自分に酷いことをしようとしていた、それも間違いない。……それでも。彼の方こそが、自分を誰よりも必要としてくれている気がして。キャロルはグスタフを慰めるように、彼の銀髪の頭を愛しげに撫でていた。




