白を染めるブラッディ・ルビー(13)
「2人とも、準備はいい? サナ、貴方は拘束の準備を!」
「えぇ、よろしくてよ。この場は……彼女を仕留めるのが、最優先事項かしら。ヒトハ、ソーニャ……援護をお願い」
「勿論。彼女の攻撃は私達が引きつけるから、あなたはアレの動きを止める事に集中して頂戴!」
既に何かを振り切れてしまった目の前の白竜に立ち向かう、3人の狩人。緻密な連携と精密な射撃に、流石の純潔の彗星も多少は圧されているものの……やはり、そこは人知を超えた神の使い。人間が作り出した武器など取るに足らぬと、白銀の堅牢な鱗はその全てを弾き返していた。そんな混迷極める、戦場と化した危険地帯から脱出しようと、参加者達が我先に逃げ出すが。あまりの浅はかさを横目に見ながら、使い慣れたライフルではなく中距離用のショットガンを構え……サナは狩人としての本領を発揮せんと、白竜の劈開面を探して首に銃弾を打ち込み続ける。しかし……。
(やはり……硬いですわね……! 光弾が核石へ届いていないではありませんか……!)
カケラにとって首は急所であり、そこを拘束されれば忽ち力を削ぎ落とされる泣き所でもある。なので、竜神相手でも首を狙うのが、セオリーだったはずなのだが。しかし、目の前の彼女はカケラの根源とも言える、原初の彗星。熱暴走のステップさえも軽々と踏破して、オリジンの姿に回帰した彼女に、主だった弱点などありはしない。
「攻撃がちっとも効きませんわ……!」
「困りましたね……。サファイアは劈開もない上に、彼女が裂開する事も……この様子ではなさそうですわね」
「硬度を上回る鉱石をぶつけるしかないのでしょうけど、私達の硬度ではとても無理ですわ……!」
未だかつてない難敵を前に、ジワジワと疲弊し始める3人。同族狩りをある程度、覚悟していたとは言え……まさか、それ以上の相手がこの城に巣食っているなどと、は予想だにしていなかった。相手にそこまでの戦意は見えないが、このまま素通りさせれば、首謀者を抑える前に彼を食い殺されてしまう。
(先程の混乱に乗じて……逃げましたか?)
間違いなく、目の前の彼女は彼を探している。擦り切れた理性の中に残ったかの面影を蹂躙するまで、彼女の進撃は止まらないだろう。しかし……人の血肉を喰らったカケラがどうなるのかを、彼女達はイヤと言う程、知ってもいる。そんな狩人達にとって……今はその元凶がこの場にいないのは、ただ1つ、幸運な事だったのかも知れない。
この状態の相手が壊れてしまったら間違いなく、この一帯を丸ごと吹き飛ばす程の超新星発動という最悪のシナリオが待っている。それだけは、何がなんでも……阻止しなければ。
「……おやおや、随分と苦戦しているようですね。鋼鉄の狩人の実力はそんなものでしたか?」
突破口も打開策も持てないまま、白竜の足止めしかできない彼女達の前に、ふわりと滑り落ちる見慣れた漆黒の後ろ姿。その想定外の人物のご登場に……婚約者の口の軽さを、ソーニャは内心で盛大に罵っていた。
「相変わらず、嫌味な物言いですこと。……全く、モーリス様はお口が軽いんですから!」
「今回はあなたへの依頼はなかったはずですよ、グリード。……どうして、こんなところにいるのです」
「まぁ、探し物をしに来たのです。そのついでに……これ、鎮めればいいですか?」
「……できるものなら、やってご覧なさいな。言っておきますけど、あなたのと同じ拘束銃は通用しませんよ?」
「ふ〜ん……。だとすると……相当、厄介な相手みたいですね?」
拘束銃を使えない。そのあからさまな悪条件を提示されても、どこか余裕の風格を醸し出す大泥棒。そんな彼が懐から取り出したのは拘束銃でも、麻酔銃でもなく。真っ赤な血の色を確かに示した、拳ほどもある大きなルビーだった。




