白を染めるブラッディ・ルビー(12)
ようやく本格的にやってきた夜空を認めながら今頃、弟は目的地に辿り着いただろうかと思いを馳せる。ソーニャの仕事も、行き先も。そして、キャロルの居場所も。全てを白状させられて、モーリスは最後にラウールが残していった手紙に目を落とす。最近の不調の原因が決して、そこまで単純ではなかった事を考えながら……未だに弟が家族の在り方に固執している事を理解させられると、いよいよ胸が痛い。
(ルヴィア嬢が結婚するのか……。なるほどな。殊の外、塞ぎ込んでいたのには……こんな所にも理由があったんだ)
時折、彼女を気にしている素振りは見せていたものの、ひと時の気まぐれだとばかり思っていたが。髪の色も瞳の色も全く違うのに、そこに母親の面影を探していたらしいラウールの言い分を聞かされては……彼を置き去りにしたのが、実は2人だけではなく、更にもう2人も居たことに気付かされる。
それは間違いなく、一方的で独りよがりの渇望でしかない。それでも、不安がそのまま侵食に直結する「宝石の完成品」にしてみれば、切望はすぐさま絶望に成り果てる。そして、破片の希望だけでも取り戻そうと、予告状の様式美さえもかなぐり捨てて、窓の外に飛び出せば。この街はあっという間に、彼のおもちゃ箱に変貌するのだろう。そうして、余裕の不敵な笑いを取り戻したマスクの横顔を見送った後。モーリスは窓の外でようやく、満面の笑みを湛えているようにも見える半月を仰ぎ見ていた。
***
耳にしっかり届いた痛切な叫び声に、明確になりつつある意識の中で目覚めれば。そこは舞台の袖裏らしい場所だった。状況も全く飲み込めない中でカチリと何かがぶら下がる違和感と共に、自分の首に冷たい金属が当たるのにもようやく気づく。恐る恐る、自らの首に手をやれば……手探りでもハッキリと分かる、薔薇の咲いた首輪。そして……。
(ここは檻の中……なのかしら。そっか、私……)
捕まっちゃったんだ。
あの真っ白な廊下で首を締め上げられたところまでしか、記憶はないが。間違いなく、今の自分が所謂「囚われの身」である事を鮮明に理解すると、意外と冷静に逃げ道を模索し始めるキャロル。それもそのはず、彼女はとある街で逃げ回る事だけは、数え切れない程の場数を踏んできたのだ。かつて逃げ足だけは一流だと、馬鹿にされていたのは伊達ではない。牢屋ならともかく、この程度の檻であれば逃げ遂せられるだろう。
(こういう時は……!)
毎朝きちんと整えてもらっていた髪の毛から目的の小道具を抜き取ると、檻の入り口を守っている錠前に交渉を仕掛けてみる。まるでチャームクラウンからルースを外すが如く、パールネックレスのクラスプを分解するが如く。鍵穴から伝わってくる手探りの反応を確認しながら、時折ヘアピンをしっかりと曲げて……意外と頑固な錠前と数分程、格闘しただろうか。師匠程ではないけれど、しっかりと錠前を説き伏せるといよいよ、檻の外に走り出す。
出口なんて分からないし、知らない。それでも……先ほどから、舞台の方から何かの悲鳴が聞こえてくるのに、居ても立っても居られなかった。どこか助けを求めているような、怒っているような。その声が呼ぶ方へ。逃げることさえも忘れさせる、自分の何かを呼び起こすような叫び声。そんな咆哮の持ち主を、キャロルにはどうしても……置き去りにすることもできなかった。




