表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/823

黒真珠の鍵(5)

 まだ日の昇らない薄暗い早朝の空気に、豊かなコーヒーの香りが混ざっているのに気づくと、モーリスは慌てて飛び起きる。どうやら、弟は約束通りきちんと帰ってきたようだが。彼の無事をしかと確かめなければ、安心できないと思うのは身内の良心というもので。それでなくても、ラウールは常々()()()()()()()を出しては……自身の身を危うくするのだから、タチが悪い。


「おはようございます、兄さん。昨晩はよく眠れましたか?」

「何が、よく眠れましたか……だ! 一体、僕がどれだけ心配したと思っている⁉︎ あんなメモを残されて、ぐっすり眠れるほど、僕は薄情でもないぞ⁉︎」

「あぁ、突然出かけて行ったのには、申し訳ないと思っていますよ。でも、昨日のうちにどうしても確認したいことがあって……ま、怒るのは後にしてください。まずはサッサと朝食を済ませてしまいましょ?」


 朝から元気に頭に血を巡らせているモーリスを落ち着かせるように肩を竦めながら、コーヒーと朝食をテーブルに並べるラウール。そう言えば、今朝のコーヒーはいつもよりも、香りが強い気がするが……?


「……このコーヒー、いつものと違うな。……まさか、盗んできたのか?」

「もぅ。俺が用意したものは何でもかんでも、盗品だと決めつけるのはやめてくれませんかね。そいつは今朝、ちょっとした土産に、とある場所のコーヒースタンドで買ってきたものですよ」

「こんな早朝に……コーヒースタンドに寄ってきたのか? 調べ物って、まさかコーヒーを飲みに行った訳ではないんだろう?」

「まぁ、そうですね。で、肝心の調べ物の中身なんですけど。兄さんにも手伝って欲しい内容でして。お願いできますか?」

「……荒事にならないのなら、構わないけど。で、何を調べればいいんだ?」

「えぇ。モーズリー矯正監の経歴と身辺を調べてほしいんです」

「モーズリー矯正監……はて。あまり聞いたことがない名前だが。その方が今回の依頼と、何か関係が?」

「モーズリー矯正監は、クロツバメ刑務所の炭坑夫兼・囚人を管理している刑務所長ですよ。昨晩はその刑務所長の()()()にお邪魔していましてね。実はこのコーヒーは刑務所内で看守に混じって、貰ってきたものなんです」


 ラウールの言葉に、咄嗟に彼の意図を察知するモーリス。今まさに自分が口にしているコーヒーは香りもしっかりしていて、おそらく温め直しているだろうものにしては、舌の上に華やかな油の甘い風味を広げているが……。


「……なるほど、分かったよ。これだけのコーヒーを看守が日常的に嗜めるということは、炭坑は()()()()()()()()んだろう。しかし……それでも、今回の依頼とはあまり結びつかない気がするが……」

「全く、兄さんは1から10まで説明しないと、分かってくれないんですかね。この場合はそれだけの利回りを可能にしている財源は何なのか、問題でしょう? クロツバメで何が採掘されているのか、気になりませんか?」

「……鈍感で悪かったな。生憎と僕はそこまで、勘がいい方じゃないんだよ。……出来の悪い兄に、事と次第を説明してくれないか?」

「フフ、そこまで言われたら仕方ありませんね。……クロツバメで採掘されているのは、石炭や宝石の類じゃないですよ。そもそも採掘、なんて言葉が通じるシロモノかさえも分かりませんが。……刑務所長室にあった資料の内容を見ても、あそこでは一種の毒ガスの類を生成していると見て、間違いないと思います。そんな劇薬を何に使っているのかは知りませんが……少なくとも表面では炭鉱を装っていますが、元からクロツバメ山脈は特殊な鉱山です。……普通の人間は危なっかしくて、入れたもんじゃない」

「……あぁ、思い出した。クロツバメと言えば、炭鉱内の各所が高濃度の炭酸ガスで満たされた、指定危険地帯だったな。なるほどな……要するに採掘と見せかけて、実際は劇薬を生成しては大儲けしているわけか。だけど、なんでモーズリー矯正監がそんなことをしているんだろう?」

「その辺りは今日、かのご婦人に聞き出してみることにしますが……ところで、兄さんはクロアゲハの通称名をご存知で?」

「クロアゲハの通称名……あぁ、そういうことか。“ブラック・スワローテイル ”……クロツバメの尾、か。……ようやく、少しだけ内容が繋がった気がするよ」

「……そういう事です。という事で、モーズリーの洗い出し……お願いしましたよ」

「あぁ、分かったよ。折角、白髭様のご厚意で僕の方は警察に身を置いているんだ。……こういう時は()()()()()に応えないと、いけないよな」


 そこまでラウールに応じると、折角の上等品を一思いに飲み干して、出かける準備をするモーリス。今は弟を暴走させないためにも彼のオーダーを満たす方が賢明だろうと、いつもながらに見事に巻き込まれながらも……少しだけ、彼の役に立てている気がして。頭に巡らせた血と一緒に、何かもクールダウンさせるモーリスであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ