白を染めるブラッディ・ルビー(8)
白い階段を降りきった先に広がっていたのは、真っ白な廊下と、壁という壁に整列している夥しい数の棺桶だった。しかし、先ほどの振り子時計のフリをしていた棺桶とは異なり、ここの棺桶は本来の役目を果たしているらしい。前面がガラス張りになっているどの棺にも、それぞれに整った面立ちの人形達が収まっていた。
(これは……大きなビスクドール、かな?)
彼女達の様子に勢い、かつてコーネで押し付けられた怪傑・サファイアのビスクドールを思い出して、フフと寂しく自嘲するキャロル。先代・サファイアに預けたきり、その後の人形がどうなったのかは知らないが……そんな人形の行方を今更心配しながら目の前のビスクドールを見つめていると、それがタダの人形でない事にもすぐに気づく。なぜなら……。
(今……動いた? この子、もしかして……!)
間違いない。彼女は、生きている。ただ軽やかに呼吸をしているだけの口元が僅かな吐息を漏らし、ガラス面を内側から曇らせているのにも気付いて、後退りして怯えるキャロル。その隣の女の子も、その隣も……その隣も……! みんな、みんな……生きている……!
【あなたは……ダレ? どうしてココに……キテしまった?】
「えっ?」
そんな眠っているだけの彼女達の中にあって、誰かがキャロルに話しかけてくる。そうして、声の主を探してみれば……最奥に鎮座する台座に閉じ込められている、白い生き物の姿が目に入った。
【ココにキテは……イケナイ。ハヤく、にげるのダ。テオクレにならないウチに……】
「あなたは……? それに……手遅れになるって、どう言う事?」
【ワタシはイノセント……。ここにイル、ミンナのゲンキョウ……。ホワイトサファイアのライホウシャとヨバレルそんざい。あなたも……ここにイルミンナとオナジにされるまえに、ニゲないと……】
人型こそしていても、目の前のイノセントと名乗った彼女が異形を成しているのは、明白だった。全てを漂白されたように真っ白な体に、真っ白な髪の毛。瞳さえも真っ白で……唇は血色の片鱗すら、感じられない。そして、滑らかだと思っていた肌は、よく見れば、細かい鱗でビッシリと覆い尽くされている。
「……大丈夫ですよ。キャロルは君達とは、別の仕立てにするつもりです。それに、ここにいる全員がお前から生み出された訳ではありませんよ。父上のコレクションを引き継いだ子が何人もいるのですから。……イノセント、自意識過剰もそこまでにしなさい」
「グスタフ様……? 私を別仕立てにするって……どういう事ですか?」
「フフフ、それは後で説明してあげますよ、キャロル。……大丈夫。君は特別な存在なのです。悪いようにはしません」
イノセントを観察するのに夢中になっていたばかりに、いつの間にかやってきていた彼の存在に気がつかなかったらしい。そんなキャロルの背後には、いつも通りの柔らかな微笑を湛えたグスタフが立っていた。
【ジイシキカジョウ……それはオマエのホウだろう。ワタシはオマエがナニヲしているのか、シッテいる。このミをケズり、カイアツめてキたカケラタチをムリヤリ……】
「えぇ、そうですよ。……救ってあげているのです。こうして、中途半端な彼女達にきちんと素晴らしい宝石を与えて、蘇らせて。……場合によっては、新しいオーナーの元に送り出してあげているのですから。そうそう……明日の即売会にはお前にもお仕事があるのです。久々に、外の空気を吸いたくはありませんか?」
グスタフの終始不気味な言葉に、いよいよ押し黙るイノセント。そして、柔らかな物腰でキャロルに手を差し伸べるものの……素直に彼の手を取れる程、キャロルとて純朴ではない。その顔に有り余る恐怖を見せながら、手を振り解き、真っ白な廊下を走り出す。しかし……。
(嘘……! 扉が……閉まってる……?)
「ここは緊急事態に備えて、完璧な密室にもできるようになっているんだよ。だから先ほど、戸締りはしっかりしておいたのだけど。……それにしても、キャロルちゃんは足が速いのだね。この距離を、あんなスピードで駆け抜けるなんて」
「……グスタフ様。……これはどういう事なのでしょうか? まさか……」
「白薔薇を維持するのには、お金がかかるんだよ。趣味人ばかりを輩出したブランローゼに、白薔薇達を維持する体力はとっくになくて。だけどね、父上も母上も……そして、叔父様も。この城の使用人だって、みんなそう。みんな、みんな……このブランローゼがなくなれば、路頭に迷うことになる。それを防ぐためにも、威信だけは守らねばならない。あの白薔薇達は言わば、名誉税。その名誉にぶら下がることでしか、この城の者は生き残る術を持ち合わせていなかった。一応、ブランローゼでさえいれば、最低限の不労所得は入ってくるからね。でも、それだけでは名誉を守ることは到底、できない。全てを賄うには……コレクションを売るしかなかったんだ」
「だけど、これは……人身売買なのでは? そんな事が許されるのですか?」
「おや。キャロルちゃんは、本当に優しいのだね。彼女達は人の姿こそしているけど、人じゃないんだよ。通称・宝石人形。……意識も命もあるけれど、あくまで人形。……人ではない」
意識も命もある者を人形だと言い切り、剰え、売り飛ばしてもいいなどと宣うグスタフ。彼のあまりに危険な思想に、キャロルは底知れない悍ましさを感じずにはいられない。そうして怯えて、足さえも動かなくなったキャロルの首を柔らかく掴むと……そのままニコリと微笑むグスタフ。しかし、その笑顔は……既に情を感じさせるものではなかった。




