白を染めるブラッディ・ルビー(7)
グスタフは取引の商談があるそうで、朝から出かけている。そんな城主に、今日1日は好きに城内を散策していていいと言われて、広大な城の中を1人で彷徨うものの。どこもかしこも真っ白な壁と、どこまでも続く同じ廊下の既視感にそろそろ目眩がしてきた。お稽古や勉強の合間にポッカリと空いた時間を持て余し、こうして彷徨ってみても。何故か誰1人、キャロルに声をかけてくれる者もない。それはまるで……この城にとって、自分は異物なのだと、言われているようにも感じられた。
(そう言えば……この時計だけ、止まったままなのね。どうしてかしら?)
廊下の奥まった場所でふと、視線を泳がせれば。針を止めたまま、動いていない振り子時計が目に入る。真っ白な壁に誂えたように、真っ白な塗装と豪華な彫刻がされているのにも関わらず……手入れをする者もいないらしい。きっと、ブランローゼの意匠なのだろう。動きを止め、沈黙し続ける大きな振り子には、見事な白薔薇が咲いていた。
(こんなところにまで、薔薇が咲いている……。貴族のお城って、本当に細かいところまで凝っているのね。でも……)
彫刻の薔薇が示す白を見つめていると、そこはかとなく、墓前の献花にも思えてくるのが薄気味悪い。そんな事を考えていると、微動だにしない振り子を納めたそれが、実は棺桶らしい事にも改めて気づく。……これは、振り子時計なんかじゃない。とって付けたような盤面に、針こそきちんと付いているものの。時計にしては、明らかにある物が足りない。
(針が……1本しかない……。どこかに落ちちゃったのかしら? それとも……)
元々、1本しかなかったのだろうか? そんな事を考えていると、キャロルは居ても立ってもいられず、針を動かそうとしてみるが。振り子と同様に、針もピクリとも動かない。頑なに働こうとしない針相手に格闘していると……無理な体勢で背伸びをしていたものだから、勢い、つんのめって針にぶら下がる格好で躓いてしまう。その反動で、手元の針がガチャリと引っ張られて、何故か針は動いていないくせに……コチコチと、棺桶の奥から機械仕掛けの音が響いてきた。
(……えっ? ……えぇっ⁉︎)
しばらく規則正しい稼働音を響かせた後、今度は音もなく奥に引っ込む振り子時計……もとい棺桶。棺桶が収まっていた壁の先には、深淵へ続くのではなかろうかと思えるほどに薄暗い下り階段が、キャロルを誘うように折り目正しく整列していた。
(この先は……どこに繋がっているのかしら……?)
明らかに隠蔽されていたらしい、秘密への入り口。そんな下り階段の白いステップは、暗がりの中でも美しい歯並びを見せており……不気味さ以上に好奇心を掻き立てられたキャロルの歩みを、事もなげに受け入れる。この先に足を踏み入れたら、怒られてしまうかな。そんな事が頭を過るけれど、それ以上に……この城で時折感じていた不気味さの正体を知りたいと、キャロルの足はひたすら階段を下へ下へと踏み越えて行った。




