白を染めるブラッディ・ルビー(6)
「おや、モリちゃん。どうしたの? 何か、困りごとかの?」
「えぇ……。白髭様にも少し、ご相談したい事がありまして……」
「うむ?」
今日はラウールではなく、モーリスの方がソーニャと連れ立ってムッシュの元にやってくる。そう言えば、モーリスの方はソーニャに押し切られ、無事婚約を結んだと聞いていたが。そんな2人でやって来た彼らを前に、ふむふむと……そちら方面に思い巡らせてみるものの。彼らの表情から察するに、ご相談内容は決して、おめでたいものではなさそうだ。
「その様子じゃと……悩みのタネはいつものあの子、と言ったところかの。あぁ、もしかして……ラウちゃんがまた、寂しん坊病でも発病させちゃったかの?」
「ど、どうして……それを?」
どこか分かりきった様子で、ムッシュが変な病名を持ち出しては、ため息をつく。
ムッシュ語録の中にあって、ラウールの特徴をハッキリと示すその病気はある意味で、何よりもタチが悪い症状だ。しかも、定期的にテオの命日周期でやって来ていたそれを、季節外れで発病させているとなると……今の病状はかなり重篤なのだろう。
「先日のブランローゼの舞踏会で、キャロルちゃんに会っての。なんでも、ラウールと喧嘩して飛び出した彼女をグスタフが引き取ったという話じゃった」
「キャロルちゃん……まさか、今はグスタフ様のところにいるのですか?」
「そうみたいじゃの。……だとすると、少々不味いかもしれんの。今のグスタフは間違いなく、普通じゃないからのぅ」
今のグスタフは普通じゃない。ムッシュの言葉が示すところを理解すると同時に、途端に青ざめ始めるモーリスの一方で……ますます、勇敢な面差しを険しくするソーニャ。そんな新婦の頼もしい表情に、今回ばかりは怪盗ではなく、狩人達の方に対応を依頼しようと決断するムッシュ。
「ヴィクトワール経由で正式に依頼をするつもりじゃったが……。実はこれ以上、事態を悪化させるわけにも行かぬと、内々に調査を進めておっての。でな、来週のどこかでブランローゼで即売会が開かれることまでは突き止めたのじゃが」
「即売会って……まさか」
「そのまさか、ですわね。ヴィクトワール様が動くと言うことであれば……私の方の出番ということなのでしょう? 今回の任務はカケラ達の保護と、場合によっては鎮静化。そして……オーナーの討伐、ですわね。もちろん、この場で即答いたしますわ。掬い上げて頂いた、この命に懸けて……必ずやその任務、遂行して見せましょう」
普段のやや浮ついた言動からは程遠い、ピリリとした雰囲気。そんな婚約者の真剣な眼差しに、モーリスの方も薄らと彼らの会話の真意を理解していた。同族狩りに手を染める覚悟したらしいソーニャの佇まいは間違いなく、メーニックの歓楽街でモーリスを背後に庇っていた、駿腕の狩人のそれでしかない。
「こうなる前に、穏便に済ませられれば良かったんじゃがの。人というのは一度踏み外して、享楽に身を委ねると……なかなかに、きちんと起き上がれんものなのかも知れん。……やはり、血は争えんの。こうも同じ思考回路に染まったとあっては、そもそも余の決断が間違っていたんじゃと、情けなくなってくる」
ソーニャの確かな決意を受け取っても尚、誰に向けるでもなく……そんな事をポツリと呟くムッシュ。その弱々しい自責の告白に、モーリスはすぐに掛けてやれる言葉を見つけ出せないでいた。




