白を染めるブラッディ・ルビー(4)
煌びやかな舞踏会から、一夜。今日はグスタフがちょっとしたコレクションを見せれくれると言うので、付いていくと……キャロルの目の前には、小人の世界に迷いんこんだのではないかと錯覚するくらいに、精巧なジオラマが広がっていた。大きな街を模している建物の合間を、本物さながらにシュッシュと音を立てながらいくつもの汽車や列車が走っていく。そんな可愛らしい往来を目で追っては、感動した様に声を上げるキャロル。
「フフフ、気に入ったかい? これは……私の叔父様のご趣味でね。私も子供の頃から、このミニチュアには魅入られっぱなしなんだ」
「おじさま……? と言う事は、昨晩の?」
「あぁ、失礼。叔父様と言っても……母の弟の方さ。これの持ち主のトーマス叔父様は、先代のブランローゼ当主でね。生前から列車が大好きだったもので、恋をする暇もなかったらしい。だから……跡継ぎもなくて結局、この家に引き取られていた私がブランローゼを継ぐことになったのだけど」
そんな事を呟くと、途端に寂しそうな顔をし始めるグスタフ。その様子に……トーマス叔父様はこの世に既になく、グスタフは彼の事を本当に慕っていたのだということに、キャロルも気づく。
「すみません……ご事情を知らなかったとは言え、はしゃいでしまって……」
「あぁ、いいんだよ。この模型は見る人を楽しませるために、残しているのだから。それに叔父様は何だかんだで、お幸せだったと思うし。フフフ、特に……去年の7月に、ルーシャムへお供した時は楽しかったなぁ。噂のスペクトル急行に乗れるとなっては、子供みたいに前の晩から眠れないなんて、グズりにグズってね。叔父様は元々、心臓に持病をお持ちだったから、当時もお加減は優れなかったのだけど。それでも、最後の最後に大好きな列車旅行をできて、本当に幸せだったんじゃないかな」
そんな風に遠い目をしながら、さも懐かしいと、ますます悲しそうな笑顔を見せる。グスタフの横顔に、この人も寂しい思いを抱えているのだと……思い巡らしては、胸がキュッと痛むのが辛い。
「その、叔父様は……」
「うん、昨年の末にお亡くなりになられたよ。大好きな列車に囲まれて、幸せな最期をお迎えになったと思うけど……。そんな叔父様の心残りがあるとすれば、この家の跡継ぎがしっかりいないこと……だろうね。できれば、叔父様に私の花嫁を見せてやりたかったのだけど。それは結局、叶わなくて。次の墓参りの時には、そんなご報告もできればいいんだが。なにぶん、結婚は1人ではできないから。こればかりは、相手がいないと仕方がない」
「あの……1つ、質問してもいいでしょうか?」
「うん? 何かな?」
キャロルの申し出に、吸い込まれそうな程に美しいブルーの瞳をしっかりと向けるグスタフ。彼のあまりに完璧な容貌に、彼女が投げかけようとしている疑念は……ますます、深まるばかりだ。
「グスタフ様には……どうして、奥様がいらっしゃらないのですか? 失礼な事を申しているのは、分かっているのですけど……。グスタフ様みたいに、ハンサムで優しい貴族様がどうして一人ぼっちなのかなって……」
「アハハハ。キャロルちゃんは、本当にお上手なんだから。フフフ。そうだね、私にも……かつては、愛してやまない思い人がいたのだけど。残念な事に、彼女は憎たらしい怪盗に横取りされてしまってね」
「怪盗に横取りされた……ですか?」
突然、降って湧いた登場人物。身近すぎる相手の素性に心当たりがあるものだから、その恋の行方が気になって仕方ない。もしかして、グスタフの言う怪盗は……。
「あの、怪盗って……もしかして、宝石泥棒の……?」
「あぁ、キャロルちゃんもご存知なんだね。そうさ。私の花嫁を奪い去ったのは、グリードっていうコソ泥でね。宝石専門だと思っていたのに……あろう事か、私の花嫁をルビーに喩えて攫って行ったんだよ。本当に憎たらしい」
以前、モーリスが女の子を宝石に喩えるなんて、と彼を揶揄っていた事があったけど。……グスタフのお嫁さんもまた、彼に宝石として攫われた宝物だったのだ。
「あの……どうして、怪盗さんはその人を攫ったのですか?」
「その人……ルヴィアは非常に美しい女性でね。夕陽色の美しい赤毛に、赤みを帯びた優しい茶色い瞳。それでいて……透き通る様な白い肌に、薔薇色の頬。太陽の様に穏やかで、そこにいるだけで周りを照らす輝きに満たされた女性だった。だから……きっと、あのコソ泥もルヴィアに一目惚れしたんだろう。彼女の生家にあった家宝の宝石よりも、そちらを優先したのだから。今、思い出しても……悔しい以上の何物でもないよ」
「そう、だったのですね。だとしたら……その隣にいるのが、私では……きっと物足りない事でしょう」
「な、何を言っているんだ。キャロルちゃんはキャロルちゃんで魅力的で、とても素敵だよ。うん。私としては、このままずっと……一緒にいて欲しいな」
「……」
ポツリと呟くキャロルの言葉を、その場で必死に取り繕うグスタフ。しかし、取り繕って欲しい相手は……残念ながら、彼の方ではない。
かつて、他の人から奪ってまで攫ったルビーをどうして彼は、手放してしまったのだろう。どうして……そんな大切な相手がいたのに、自分を気まぐれに攫ったりしたのだろう。




