白を染めるブラッディ・ルビー(3)
白亜の王城に咲き誇る、一面の白薔薇達。ライトアップされて、夜空の下に一層美しく輝く煌めきを眼下に臨む舞踏会場で、主催者のグスタフは気分も最高潮と、キャロルの隣で穏やかな笑みを振りまき続けていた。
「これは、マティウス伯父様。ようこそ、お越しくださいました。今宵も是非、存分に楽しんで行ってください」
「あぁ、ご苦労だな、グスタフ。いつにも増して、白薔薇達も見事なものだ。薔薇の園に包まれて、こうして楽しいひと時を過ごせることは、何にも代えられぬ喜びであろうぞ。……ねぇ、父上。そうでしょう?」
「父上……? おや、ブランネルお祖父様もお越しだったのですか? これはこれは……珍しい」
「ふむ、久しぶりじゃのぅ。グスタフも……その後、変わらぬか? しかし……そっちのお嬢さんはまさか、ラウちゃんの所の……?」
その言葉にきちんと健康診断をと、病院に連れて行かれたのを思い出す。そんな彼の雇い主が経営する病院で出会ったのが、今まさに彼女の前に立っている真っ白なお髭の優しいお爺ちゃんだった。だけど、そのお爺ちゃんがあの時とは違って、どこか心配そうな顔でキャロルを見つめている。彼の視線に何故か、とても居た堪れない気分にさせられるキャロル。
「あぁ……彼女はキャロルと申しまして。何でも、ラウール様と喧嘩してしまったみたいでしてね。行く当てもなかったみたいですから、こちらにお誘いしたのです。……私も独り身で寂しい身の上ですから。こうして、素敵なレディが隣にいてくれれば、気分も晴れやかというもの。フフフ……どうです? 本当に可愛いでしょう?」
「……初めまして。キャロル・リデルと申します……。今宵は国王陛下、及び……ブランネル大公にお目にかかれて、光栄でございます」
思い出しかけた何かを押し戻すように、折り目正しくカーテシーをして見せては、目を伏せる。そんな従順なキャロルの様子に、何かの異常事態を嗅ぎ取るムッシュ。これは……間違いなく、由々しき事態の類だろう。
「ラウール……? あぁ、テオの養子でしたか? 確か、父上が随分と気に入っているという……」
「そうじゃよ。あの子達はテオにとっても、余にとっても特別な存在じゃからの。モリちゃんの方はともかく……特にラウちゃんは色々と繊細で傷つきやすいから、本当に超面倒な子じゃのぅ。まぁ、余としてはそれが可愛いんじゃけども。それにしても、キャロルちゃんはラウちゃんと喧嘩なんかしちゃったの?」
「……は、はい……。元はと言えば……私が少し、ワガママを言ったのがいけなかったんですけど……」
「おや、そうじゃったの。ふむぅぅ……珍しいこともあるもんじゃのぅ」
「珍しい……のですか?」
いかにも不可解と、大袈裟に唸ってみれば。キャロルの表情が縋るような色を帯びるのを、ムッシュはきちんと見逃さずに確かめる。その様子に……もう少し、ラウールの肩を持ってやってもいいかも知れないと、彼女に追加情報を提供してみる。
「そうじゃよ〜。ラウちゃんは何せ……殆どの事には、どこまでも無関心じゃからの。そのラウちゃんが喧嘩とは。あの子にそこまでの感情を出させるなんて、キャロルちゃんもやりよるのぅ〜!」
わざと戯けてコノコノ、と囃して見せれば、寂しそうな顔をしていたキャロルの頬にうっすら赤みが差す。しかし、その様子が面白くなかったのだろう。グスタフがゴホンと大きな咳払いをすると、キャロルに移動を促し始めた。
「兎にも角にも、彼女は自分の意思でこちらに来てくれたのです。ラウール様は関係ないでしょう。さ……キャロル。他のお客様にも、ご挨拶をしなければいけません。一緒に来てくれますか? ……それでは、お祖父様に、伯父様。この後も、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
「うむ、そうさせてもらおう。……それにしても、父上。テオの事をこんな所で思い出さなくても、よろしいでしょうに。折角、グスタフがこうして楽しい場に招待してくれたのですから……水を差すような真似は、悪趣味ですよ」
「あぁ、そうかも知れんの〜。ほんに、すまぬのぅ……」
半ば一方的に会話を切り上げ、強引にキャロルごとその場を離れるグスタフ。彼らの背中を見送りながら、手遅れになる前に手を打たねばと……ムッシュは人知れず、思い巡らしていた。




