表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/823

マリオネッテ・コーネルピン(12)

 このままでは、日が暮れてしまう。いつにない焦りがジリジリと喉をいたずらに刺激し始めるのを、努めて抑えながらキャロルの姿を探し歩くものの。行き先は中央街ではなかったのか、彼女の姿をとうとう見つけることはできなかった。


(仕方ありません……一度、ソーニャに電話してみますか……)


 もしかしたら、既に帰っているかもしれない。そんな思いでボックスの受話器を取ると、すかさず電話交換手が対応してくれるので……居ても立ってもいられず、繋ぎ先を伝える。そうして、しばらくの沈黙の後に応えたのは、ソーニャではなく探し求めていた相手の声だった。


「はい、アレクサンドリート宝飾店です」

「その声は……キャロルですか……?」

「えっ……もしかして……!」

「はい……その()()()()()、のラウールです。……そう。君は既に……店にいるのですか」

「……すみません。えっと……」

「通信費が勿体ないので、切ります。今から帰りますので、店番を放ってまでどこに行っていたのかは……後で聞きます。……いいですね」

「……はい」


 どこか振り回された格好になり、いよいよ腹立たしいと乱暴に受話器を戻す。さっきまで、今回ばかりは自分が悪いのだと()()()()()()としていたというのに。それなのに……。


(本当に……頭に来るったら、ありません。どうして……こう……!)


 何もかもが、すれ違っていくのだろう?

 ルヴィアも、キャロルも、何の恨みがあって自分を振り回すのだろう?

 その思い込みは偏に、ただひたすら被害妄想でしかない。それでも、いわゆる()()から立ち直れないのにさえ、気付けないラウールにとって……自分の中に燻る苛立ちの不明瞭さは、不愉快以外の何物でもなかった。


***

「君のおかげで財布を取り上げられたものだから、仕方なく手持ちのルビーを手放す羽目になりました。大体……何がそんなに気に入らなくて、勝手に出かけたりしたのです。……何も言わずに出て行ったら、みんな心配するでしょう?」

「心配……してくれたのですか?」

「……えぇ、心配しましたよ」


 朱色の夕陽に染まる2階のテーブルで懇々と話し込む、ラウールとキャロル。普段の冷たい表情に、更にただならぬ怒りを滲ませてご帰宅された顔に、流石のソーニャも大人しく人質(財布)解放(返却)したものの。その程度では腹の虫が治らないとばかりに、ラウールの不機嫌は鎮まる気配を見せない。そんな保護者の様子に……心配しているのは言葉だけなのだろうと、キャロルは寂しげにため息をつく。


「……勝手に出かけたのは、ごめんなさい。……ちょっと気分転換がしたくて……」

「そう。……それで? 少しは()()()()にはなりましたか?」


 相変わらずの嫌味な口調。その気分転換の時に、優しく自分を慰めてくれた白亜の貴族(グスタフ)の態度と、目の前の彼(ラウール)とを比べては……小さかった決意が、だんだんと大きく膨らんでいくのを感じ始める。やっぱり、このままここで暮らしていくのはもう、難しいのかもしれない。


「あの……ラウールさん……」

「はい。……なんですか?」

「……私、ここを出て行こうと思うんです」

「……へっ? 出て行く……? 君が……? そもそも……一体、どこへ?」

「今日、街で私に声を掛けてくださった方がいて。このままこのお店で甘えていても、ご迷惑をかけるだけみたいだから……辛いんです、とお話を聞いて頂いて……」


 街でキャロルに声を掛けた相手がいた……? 相手が誰なのかが、非常に気になるが、キャロルは肝心な部分はどこまでも伏せるつもりらしい。どこか疲れたように、淡々と……かつ、一方的に()()()を切り出し始める。


「手紙を出せば、迎えに来てくださるって仰っていたので……明日にでも、お手紙を出そうと思います。今まで、本当に……お世話になりました」

「いや、待ってください。急に、何を言い出すのです! そもそも、俺は君に迷惑を掛けられたなんて、思ったことはありませんよ?」

「でも……今日は私のせいで、ルビーを手放すことになったのですよね? それだけでも……十分、ご迷惑をおかけしていると思います……」


 揚げ足を取られるような指摘に思わず、言葉を詰まらせる。確かに、彼女の気まぐれをほんの少し責めるつもりで、そんな風に言いはしたが。決して、彼女自身を否定するつもりなどはなかったのだ。しかし、ラウールの軽はずみな非難は……キャロルにとって、紛れもなく失言だったのだろう。いつになくキュッと固く結ばれた唇には、いつもの気弱な表情は見えなかった。


「……一応、聞きますが……。相手は誰なのです?」

「ラウールさんには関係ないです」

「関係なくないでしょう? ……俺の知っている相手ですか?」

「……関係ありません」


 今更柔らかい口調を装ってみたところで、キャロルの態度は硬いままだ。その様子に……既に()()()()()()()では済まないところまで、自分は失望されているのだと思い知る。こんな事になるのだったら、もっと彼女の話を聞いてやるべきだった。


「……そう。そこまで言うのでしたら……仕方ありません。お迎えは何時ごろになりそうですか?」

「分かりません。だけど……そんなに()()()()もしないと思います」

「……」


 どこかの誰かさん譲りの、皮肉っぽい口調。こんな時に、()()()()のように、()()()に合わせなくても、いいだろうに。さっきまで燻っていた、訳の分からない感情が……今度は急激に萎み始めて、窮々とか弱く泣き始める。


(どうして……俺はこんな時に泣く事さえ、許されないのでしょうね……)


 無害なはずの緑の瞳を陰らせながら、目を伏せる。打ち拉がれて、悲しいはずなのに。それなのに……ラウールの瞳が涙を溢す事は、決してできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ