マリオネッテ・コーネルピン(11)
キャロルの足取りを辿ろうと、手がかりさえもない状況に頭を悩ませながら、目抜き通りを歩いてみる。お呼びでない親戚の足取りのヒントはあったものの。当然ながら、探しているのはそっちではない。
(まずは、あの子が行きそうな場所を探しますか。えぇと……キャロルが行きそうな場所は……?)
そこまで考えて……彼女が行きそうな場所が何1つ、思い当たらない事にも気づく。思い返せば、キャロルは自分からどこかへ行きたい、何かが欲しいなどと……自分の要望を口にする事もなかった。確かに、少し前からオペラ観劇に夢中になっているようだが。あれはどちらかと言うと、ソーニャが主体の趣味だ。お気に入りの女優の舞台に行くのだって、自分の顔色を窺っては結局、彼女自身がワガママを通すことはしていない。
(何が、どこへでも……ですか。何が……)
“君は……どこに行きたいですか?”、なのだろう。
マスク越しで大きな事を言った割には、彼女が自分からは何も言い出せないのをいい事に、何も気づかないフリをしていただけではないか。そんな風に、初めて自責の念に駆られる頭をふと上げれば……丁度、目線の先に華々しい歌劇のポスターが貼られている。そこは目抜き通りに面した、小さなオペラ劇場の一角らしい。そんなポスターには「ラ・トラヴィアータ」の文字が踊っており、主演女優のキャストには、キャロルがご贔屓にしていた名前が記されていた。
(そう。マリオンさんは……無事、お仕事を再開できたのですね)
あの一連の事件で獲物に夢中になって、走り抜いてみても。自分が望む結果はすぐにはやってこない。確かに、あのマラカイトは“彗星のカケラ”の一部であることは間違いないだろうし、久しぶりに自分自身も納得できる獲物でもあった。だが、それを得たからと言って……即座に本当の意味での人間になれるわけでもない。
(人の気持ちを理解するのは、本当に難しいものですね。……あの時、兄さんの言う事をもう少し聞けばよかったでしょうか)
普段は遊び場のはずの街でさえ、今はとにかく退屈で。考えても、考えても……妙案さえ浮かんでこない。頭の鈍さをカフェイン不足のせいにしながら、ここは気分転換も必要だとオペラ劇場のすぐ横にあったカフェで一息入れる事にする。
それにしても……コーヒーまで抜かれたら、キャロルを探すのさえ難しいではないか。全く、あの鬼嫁は何を考えているのだろう。彼女の理不尽に不機嫌になるついでに、トランクに入れっぱなしだった預かり物の存在も思い出す。
(そう言えば……ルヴィア嬢はどうして今更、手紙を寄越してきたのでしょう? ……何か、困ったことでもあったのでしょうか?)
ここで読む分には、問題ないか。突如、気になり出した手紙を読んでみれば。その内容は困り事でも、悩み事でもなく、ある種の近況報告だった。
“素敵な大泥棒様へ
あれから、いかがお過ごしでしょうか。
お陰様で、私の方は元気に過ごしております。
あなたとお話できた日を思い出して、毎日空を見上げては……
忙しく屋根の上を飛び回っておいでなのだろうと、
勝手に楽しい夢を想像している次第です。
この度……お手紙を差し上げたのには、
ご報告しなければならないことがあったからです。
あなたにもらった自由で、自分の望む相手と恋をして……
今年の6月に花嫁になることが決まりました。
本当はもう少し、夢の続きを見ていたかったのですけれど、
大泥棒さんは私が独り占めできるものではないですよね。
だって、大泥棒さんはたくさんの人に
素敵な夢を見せてくれる存在ですもの。
あの日に一緒に見つめられた夕日を思い返せば
どんな時でも、私はとても幸せな気分に浸れるのです。
私にも素敵な夢を見せてくださって、本当にありがとう。
私に自由をくださって、本当に……ありがとうございました。
ルヴィア・リッツトール”
手紙を読み終えて……嬉しいどころか、何故かキリキリと胸が痛む。楽しみだったはずの手紙をそそくさと仕舞い込んで、忌々しいとばかりにトランクを乱暴に閉めてみるものの。どうして自分がこんなにも不愉快なのかが、理解できない。
彼女が元気で、幸せなのはいいことだ。素直に心から祝福するべき事でもあるだろう。それなのに……無性に胸がムカついて、仕方がない。そして、何もかもが自分を置き去りにしていくと……慣れているはずの1人きりも、その時ばかりは寒くて仕方がなかった。




