マリオネッテ・コーネルピン(10)
中央街・目抜き通りのオープンカフェ。カフェのすぐ横に、立派な馬車を寄せたものだから……そんなところで涙を流せば、人の目が集まるのも自然なのかもしれない。キャロルが涙の跡を残した困り顔で、突然のグスタフの申し出に答えた方がいいのかを躊躇していると……周囲を過ぎ去っていく雑踏の中にでも、羨望のため息が混じっているのが確かに聞こえてくる。きっと完璧な出で立ちのグスタフとのお茶の時間は、この中央街にあっても、恵まれているものなのだろう。
「……すみません。やっぱり……すぐにお答えできないです……。ラウールさんにも相談しなければいけないですし、それに……勝手にお店を飛び出しちゃったから、モーリスさんやソーニャさんにも心配させているかも……」
「大丈夫ですよ。何も、ここで決めろなんては言いません。ただ……フフフ、モーリス様はともかく、ラウール様は周囲に対して冷たい事でも有名ですからね。これから先、キャロルちゃんが無駄に傷つかないか、心配でなりません。あぁ、そうだ。でしたら……これを渡しておきましょう」
断られたのにも嫌な顔1つせず、グスタフが手持ちの便箋に美しい文字を走らせる。そうして寄越された便箋の文字を目で追えば、そこには彼の住所らしい居城の名称が記載されていた。
「私の城はこの中央街から、少し行った所にありましてね。ロンバルディアの領内には違いありませんが……やや辺鄙な場所なのですよ。ですから……もし、私の申し出を受けてくださるのなら、ここに書いてある住所にお手紙をください。必ず、こちらからお迎えを差し上げます」
「……ありがとうございます。でも、グスタフ様はどうして……私なんかにまで、優しくしてくださるのですか?」
「おや……キャロルちゃんは、ご自身の魅力にお気づきではない? こんなにも可愛いレディが道端で凍えていたら、手を差し伸べるのは、当然でしょうに」
キャロルには彼の言う「当然」はよく分からなかったが……モーリスも、ソーニャも、グスタフも。彼らには「可愛い」と言ってもらえた一方で、肝心のラウールにはそういった類の「好意的な言葉」をもらえたことはなかった。彼からもらえる褒め言葉と言えば……。
(よくできましたね、よく分りましたね……よく覚えていましたね……。そっか……そうだよね)
明らかに、生徒や子供に向けられる類の言葉。たまに優しい事を言ってくれる事もあったけど、それはどこまでも保護者のそれでしかなく……どこか上辺だけのものでしかなかった。
***
(もう少し……もう少しです。フフフ……それにしても、見れば見るほどに可愛いですねぇ……)
目の前で遠慮がちに紅茶を啜りながら、渡してやった便箋を大切そうにしているのを見る限り……掴みは上々、といったところだろう。馬車に押し込んで走り去れば、そのまま手に入れる事も容易いだろうが……焦りは禁物だ。
昨晩に失態をしでかしたクリムゾンもエターナルも、心のどこかでご主人様を嫌悪していたから、最後までいう事を聞かなかったのだ。だとすれば、ここは穏便に自分の足でこちら側に飛び込んでもらわなければ。
かつて得られなかった、愛しい相手には及ばなくとも。鮮やかなオレンジ色の髪と、真っ赤な衣装の麗しさを見た瞬間、この子こそが自分の心の穴を埋めてくれると確信した。それに……この子を奪い取れば、何かとブランネル公が贔屓にしている孫の鼻を明かしてやれるに違いない。そんな事を考えれば考えるほど、目の前の少女が自分にとって、必要不可欠な存在にしか思えない。そして、手に入れた暁には……。
(ふさわしい宝石を与えて……私だけの完璧なジェムドールを完成させるのです……!)
表向きは穏やかな笑顔を見せながら、内心では渦巻く欲望を滾らせる。今の自分はブランローゼの麗しい貴族なのだから、人攫いなどという不埒な事はしまいと……グスタフはどこまでも澄ました表情を繕い続けていた。




