マリオネッテ・コーネルピン(6)
「ふむぅ〜。それは由々しき事じゃのぅ……」
マラカイトの引き渡しを無事に済ませたところで、昨晩の変質者について報告する。保護対象でもある少女達の存在にも気を回さなければならないが、何より……。
「ブランローゼ家のお遊びも、まだ終わっていなかったみたいです。明確に彼だという確証はありませんが、少なくとも……あの操り板は先代のジェームズ様が使っていたものだと見て、間違いないと思いますよ」
「あぁ……そういうこと。やっぱり、グスタフからお嫁さん候補を取り上げちゃったのは、不味かったかのぅ……」
「えっと……彼の幼女趣味と、あのお仕事にどんな関係が?」
お嫁さん候補……ルヴィア嬢を引き離したことと、彼のコレクション癖にどんな関連性があるというのだろう。いつになく、渋い顔のホワイトムッシュの次の言葉を待つが……普段からお喋りなはずのお口も、今回ばかりは気分が乗らないらしい。しばらくの気まずい沈黙の後に、ようやく言葉を吐き出すものの。その声色にはいつもの張りも存在感を潜める。
「うむ……実はの。あの子にお嫁さん選びの舞踏会を開いたらと提案したのは、ヴィクトワールでの。ジェームズの現状から少しでもあの子を引き離そうと、気を紛らわす意味でも、提案したみたいなのじゃが。その結果に、ルヴィアちゃんを祖父母から取り上げる事になるとは思わなくての。余達の都合で彼らを悲しませてはいけないと、お祖父ちゃんの依頼を受けて、怪盗に人攫いをお願いしたんじゃけど。しかし、そんな事があってから……グスタフはジェームズの元を頻繁に訪れるようになっててのぅ」
「と、いう事は……まさか、ジェームズ様は今もご健在なのですか?」
ジェームズ・グラニエラ・ブランローゼ。王族にありながら、全面禁止されていたはずの宝石人形の取引を推進していた反逆者。表向きは、ブランローゼの縁者として一般墓地に葬られていたはずだが。
「人としての姿は留めておらぬが、理性は少しだけ残っておるぞ。じゃから……まぁ、健在といえば健在じゃな。ジェームズはかの研究にも、異常なまでに興味を示しての。ついぞアダムズの提案に乗って、自らも美しい姿になりたいと……とうとう、その身を研究対象に差し出したみたいじゃ。……じゃが……」
「アダムズはそもそも、貴族や王族を目の敵にしている……。結果、毒牙にかかって……人の姿を失うことになった、と」
決して、忘れやしない。原初のカケラの1人にして、自分の母親を生み出した狂気の探求者……アダムズ・ワーズ。彼の手で“パーフェクトコメット”として生み出されたイヴは、無理やり別の生命体を埋め込まれ、「宝石の完成品」とその「飾り石」を生み落とした。そして……。
(生まれた時から完成品だった俺を兵器として、利用するべく……あぁ、色々と不愉快な事をされましたっけね……)
ダイヤモンド、ルビーにサファイア……果ては石英まで。ありとあらゆる鉱石を取り込み、武器として変換するラウールの能力はそもそも、狂気の沙汰で上乗せされたものに他ならない。身体能力以上に、恒久的に兵器として稼働させるには、対象の性別は男性であることが必須だった。だからこそ、アダムズは……パーフェクトコメットに男児を産み落とさせたのだろう。
「まぁ、そんな事もあっての。……多分、グスタフは人恋しさにジェームズの遺産……秘密の花園に足を踏み入れてしまったようじゃの。あれのコレクションがどこに保管されていたのかは、知らぬが……ジェームズも僅かに残った感情で、変な事をグスタフに吹き込んじゃったのかもしれん。こんなことじゃったら、舞踏会じゃなくて、こっちでお嫁さんを紹介した方がよかったかの……」
「……なるほど。グリードがルヴィア嬢を攫ったことで、そんな事になっているなんて思いもしませんでした。しかし……ま、グスタフ様にはルヴィア嬢は勿体ないと思いますよ? 彼女は田舎暮らしをこよなく愛する、可憐な野の花ですから。貴族の庭でただ咲き誇る、白薔薇になるつもりはなかったでしょうに」
「それもそうかの。……あ、そうじゃ。いかん、いかん。忘れるところじゃった。そのルヴィア嬢から、ちょっと前に怪盗紳士宛に手紙が届いておっての。これを彼に渡しておいてくれるかの?」
「彼に……手紙ですか?」
手渡されて見やれば、差出人欄にはかつて攫い出した女性の名前が記されている。その可愛らしい筆跡に、すぐに封を切ってしまいたくなるが……これは怪盗紳士宛だ。決して鑑定士宛ではない。ここで読み耽るのはそれこそ、マナー違反だろう。
「……分かりました。確かに、彼に渡しておきますよ」
「うん、お願いできるかの? ……フフフ、それにしてもグリードも隅に置けないの。まぁ、あれだけキザなもんじゃから……10人くらいガールフレンドがいても、不思議じゃないのぅ」
「10人って……ムッシュの愛人の数じゃないんですから。彼にそんな浮気性はないと思いますよ」
「あ、そうなの? ……なんじゃ、つまらんの」
そんなことでつまらないと言われても、ラウールにはどうすることもできないのだが。とはいえ、こちらは放っておいてもいい分、気楽なものがある。とにかく、今日はこのまま真っ直ぐに帰って……少しでも彼女と自然に話ができればいいのだけど。




