マリオネッテ・コーネルピン(5)
(今朝もラウールさんに会えなかった……)
見慣れた店内のカウンターで、寝ぼけ眼であうあうと悩み続ける、お留守番キャロル。昨晩は少しでもお話しして、自分が謝って……以前みたいに一緒に出かけられるのであれば、それでいいと思って待っていたのに。結局……彼の帰りを迎える事なく、眠ってしまったらしい。
いつの間にか誰かが運んでくれたらしいベッドで目覚める頃には、とっくに朝日は真上に昇っていた。そんなキャロルの目覚めを待っていてくれたのは、ソーニャのみだったが……そのソーニャも夕食の買い出しに行かなければと、今はお出かけの真っ最中。そして……お客様もいない店内の静寂は、必要以上にキャロルの悩みを懇々と掘り進むから厄介だ。
(やっぱり……怒ってるんだよね。……きっと)
自分の望みがワガママだったのだと思い知った時には、既に手遅れだったらしい。突き放すような置き手紙を1枚残したきりのラウールが自分を避けているのを、せめて少しでも修復できればと思っていたのだが。……挽回のチャンスすらも与えられないなんて。
(どうしたらいいのかな。……どうしたら……)
前みたいに手を繋いでもらえるのだろう。どうしたら、もう一度お話しできるようになるだろう。
そんな事をグルグル考えていると、ただ座っているだけの店番すらも辛くなってくる。……少しくらいなら、気分転換にお散歩してきてもいいかな。
そこまで考えると、ドアのプレートをしっかりと「CLOSE」にひっくり返し、思い切って歩き出す。凍える身をほんの少しでも、温めてくれる陽だまりを探しに。キャロルは初めて、自分の意思で店の外に飛び出していた。
***
あまり足を運びたくはないが、雇い主の居城である以上……仕方ない。ラウールは昨晩手に入れた“彗星のカケラ”と思われるマラカイトを本格的に鑑別してもらおうと、本拠地でもあるホワイトムッシュの根城を訪れる。
ここはロンバルディアの片田舎に聳える、古めかしいながらも堅牢な城塞・ヴランヴェルト城。ロンバルディアがかつての隣国・シェルドゥラを陥落させるまでに砦としても機能していたこの城は、広さはそこそこだが造りはしっかりしている分、激しい戦火にあってなお無骨な佇まいを崩すことはなかった。
そんな牙城も今は一部がカレッジスクールに作り替えられており、ラウール自身も表向きはこの城出身の宝石鑑定士として、仕事と報酬を受け取りに来ているのだが。本人もそんな立ち位置を貫いているつもりでも、学園長の一応の孫ともなれば、待遇と注目度は高まる一方で。好奇心の坩堝の中で過ごす待ち時間すらも、居心地が悪い事、この上ない。
「あぁ〜、ラウちゃん。久しぶりじゃの〜! 元気だった? 元気してた?」
「えぇ、それなりに。……すみません、ムッシュ。お忙しいかとは思いますが、内々に話したい事があるのです。少々お時間、いいですか?」
「うむ? もっちろん、オッケーじゃよ。可愛いラウちゃんが余に話したい事があるなんて……ムフフ! 何時間でも付き合ってあげるのじゃ〜!」
「そう言っていただけるのは、嬉しいのですけど。生憎と、俺の方はそこまでお時間を取らせるつもりはありません。とりあえず、サッサとお部屋を用意してくれませんか」
「あぁ、そうなの? うむ……まぁ、仕方ないかの。お前さんも可愛いお弟子さんを持つ身な訳じゃし。……それじゃ、話は余の部屋でしようかの?」
可愛いお弟子さん……か。そのお弟子さんとは、実は丸1日、話すことすらできていないのだが。今回のことに関しては、間違いなく自分の方が悪いらしいことは分かっているものの。……どうすればいいのかが、本当に分からない。どうすれば、もう一度……その可愛いお弟子さんと、素直に手を繋いでやれるようになるだろう。




