マリオネッテ・コーネルピン(4)
今宵の逃走は疾風の如し。少々、お遊びが過ぎたと夜空を仰ぎ見れば。満月には程遠い、三日月が薄ら笑いを浮かべていた。空の向こうはまだまだ、朝には無縁の漆黒に包まれているが……手元の懐中時計は、とうに真夜中も更けている事を示している。
(どこかの誰かさんのせいで、帰りが非常に遅くなってしまいました……。あぁ、せめてパンくらいは残っているといいのですけど)
普段から食が細いとはいえ、霞を食って生きているわけでは決してない。今日という長い長い1日を思い返せば、ようやく自分がまともな食事を摂ることなく、余興に夢中になっていたと気づく。その間抜けさに、これだから街を遊び場にするのは危険なのだと、諦め半分に自嘲してしまう。
マスクを付けて変身すれば、些細なことは忘れられる。自らの身体が蝕まれていく恐怖から、目を逸らす事ができる。しかし、お遊びが過激になればなるほど……その後にやってくる現実が容赦なく刻む凍傷もまた、お構いなしに彼の身を焦がしていった。
(……ただいま〜、って……もう誰も起きていませんよね……)
外套とマスクをとりあえず外して、帰宅をしてみるものの。自分の家なのに、何故かこっそりと忍び込めば。馴染み過ぎているものだから、懐かしさをとっくに通り越した埃っぽい匂いがラウールを出迎える。そう言えば、今日は商品の手入れも疎かにしてしまった。……そんな事を考えながら店内を見やれば、磨かれたカウンターに突っ伏した状態で眠っているキャロルの姿が目に入った。一体、どうしてこんな所で眠りこけているのだろう? まさか、もしかして……。
(俺の帰りを待っていてくれた……のでしょうか?)
初春の柔らかさをだんだんと感じられるようになったとは言え、早朝はまだ霜も降りる程に冷え込む。そんな凍えるような寒さの中で、よくもまぁ、こんな所で眠れるものだと呆れるものの。そんな同居人の閉じられた目蓋の下に、うっすらと僅かに涙の跡が残っているのを認めては、ため息をつく。
「……」
何れにしても、こんなところで寝かせておくわけにもいかない……か。
仕方なしにポケットチーフを取り出すと、せめてその涙は掬ってやろうと頬に滑らせる。そうして少しばかり、頬に赤みを戻した彼女を抱き上げてみれば……いつかの夜は一緒に、満月の下で屋根上の散歩を楽しんだことも思い出す。
(とは言え、今更……なんて言えばいいのでしょうね)
無闇に連れ出さないと宣言してしまった以上、しばらくは距離を置いた方がいいだろう。そうすれば、互いに色々と諦められるかもしれない。その諦めが円熟した末に、どんな未来が待っているのかは分からないが。何れにしても、自分側の暗い未来に彼女を巻き込む必要はない。
悲しいくらいに軽い彼女を抱えながら階段を登れば、その面影に……自分にも同じ結末が待っているかもしれないとまざまざと見せつけた、2人の少女達の顔が思い浮かぶ。あの様子ではおそらく、彼女達はもう無残に砕け散っている事だろう。




