黒真珠の鍵(3)
「それで、どうするんだ? そのお話……受けるつもりなのか?」
「うん、まぁ。多分、大当たりには程遠い内容だと思うけど、俺自身興味もありますし。ここである程度、依頼料を吹っかけておけば、ちょいと資金もできるでしょ?」
「……まぁ、それはそうなんだけど。とは言え……それこそ、手掛かりはあるのか? 鍵1つ見せられたところで、それが使える場所を探せだなんて、無謀にも程がある」
「大丈夫。……何せ、かのご婦人は初っ端から色々とヒントを下さいましたから」
「おや、そうなのか?」
グリードが出没しなかったから平和だったと、ちょっとした嫌味混じりで帰宅したモーリスと質素な夕食を囲みながら、依頼の内容を説明するラウール。当然の質問を投げてくる兄に対して、どこか自信満々の様子を見せると、いつもの悪戯っぽい瞳を輝かせながらヒントについての考察を展開し始める。
「豪華な服装から、あのご婦人が相当の貴族だってことは分かりますが。真っ黒な喪服を着込んでいた割には、どこか妙なんですよね」
「妙……? 喪服を着ていたと言うことは、誰かご身内が亡くなったという事だと思うけど……喪が明けていないんだったら、それは別に不自然な事でもないだろう?」
「普通はそう考えますよね。だけど、彼女の喪服……なんだか嫌な違和感がありましてね。その違和感が何なのか、よーく目を凝らしていたら……変な柄の装飾がされていることに気づいたんです」
「変な柄?」
「黒い蝶の柄だったんですよ、その喪服。最初は何かの文様かなと思ったんですが、夥しい量の蝶の羽でびっしり埋め尽くされた柄でしてね。正直、薄暗いこの店の中でそれに気づいた時は、不気味でしたよ」
「黒い蝶……か。確かに、ちょっと不吉な柄だな。しかし……それがどうヒントに繋がるんだ?」
「よくぞ、聞いてくれました。さすがは兄さんです。俺が思うに……多分、蝶の柄はある種の意匠だと思うんです。不吉な柄にも関わらず、そんなものを着込んでいるということは、多分……お家柄とかに関係しているんじゃないかと。しかも、黒真珠は一般的に黒蝶貝から産出する珍しい真珠です。鍵の頭にそんな珍しい真珠を嵌めるくらいなんだから、きっと真珠自体も何かの手掛かりになるんでしょう。そのあたりの関連性も鑑みれば、ある程度のアタリをつけることくらいは容易いですよ。それに……喪に服している割にはどこか無駄に煌びやかだったんですよね、彼女。頭に載ってたファシネーターなんか、必要以上にゴテゴテしてたし……ご主人が亡くなったって言う割には、どこか浮ついている気がしましたよ」
「そう、か。まぁ、彼女の内情はともかく、お前が無茶さえしなければ、僕の方からは何も言う事はないけど。……頼むから、今度こそは余計な遊び心を出すのは、やめてくれよ?」
「ハイハイ、その辺りも承知していますって。大丈夫ですよ。何たって……俺はちょっとのことじゃ、そもそも死ねないんだし」
気丈なその言葉とは裏腹に、寂しそうな様子のラウールにやれやれと首を振りながら、薄いコンソメ味のスープを啜るモーリス。弟が今まさにしている表情……無理をしながら、笑顔を取り繕う顔をする時……は大抵、大暴れする前触れである事を、双子の兄が知らぬはずもなく。今回も弟の動向にそれとなく気を配っていた方が良さそうだと、モーリスは仕方なしに弟を諫めることも早々に諦めることにした。




