マリオネッテ・コーネルピン(1)
「そこまでです、怪盗」
「ここで、あなたを捕まえるため……待ってました」
「……」
“舞姫のマラカイト”を攫って、照明すらも落ちた薄暗い廊下をひた走るグリード。しかし、彼の復路を虎視眈々と、待ち伏せしていた者がいたようで……もう直ぐ出口という月明かりの向こうから、忽然と2人の少女が現れる。こんな暗がりで、黒尽くめの大泥棒の姿を見定められるとなると……どうやら、彼女達の瞳も特別仕様の逸品らしい。
(……こんな所で同類に遭遇するとは。はて……彼女達のご主人様は、どこのどなたでしょうね?)
紫色の瞳を暗がりで凝らせば、、彼女達の首に操り糸がしっかりと巻き付けられているのにも気付く。その糸が繋がる先を辿って、彼女達の主人を探してみるものの。ご主人様の方は余程、痺れを切らしていたらしい。どこか待ちわびた様子で彼女達の背後から、怪しげな光彩を放つゴーグルとマスクを着けた男が姿を現した。
「待ちわびたぞ、コソ泥・グリード! 私は……」
「あ、自己紹介は結構です。正直、興味ありません」
「な、なんだと⁉︎ 私の名前に、興味がないだって⁉︎」
「えぇ、本当に微塵もありません。申し訳ありませんが、先を急いでますので……お人形ごっこは1人でお願いできますか?」
「クソッ! 噂には聞いていましたが……本当に、ふざけた奴ですね、怪盗紳士とやらは!」
「あぁ。それも、ちょっと訂正していいですか? 俺は自分で怪盗紳士を名乗った記憶はございません」
ヘンテコなゴーグル姿があまりにも間抜けなものだから、敢えて軽々く扱ってみれば。どうやら、目の前の白尽くめの男は気位だけは高いらしい。グリードが素っ気なく対応してみると、彼の連れない態度の穴埋めをしましょうとばかりに、一方的に喋り始める。その勢い、マシンガンの如し。
「折角ですから、教えてあげましょう! 私は白の傀儡師・ジェムトピース! 正義のジェムマスターです! ……フフフ、どうです、どうです‼︎ この可愛くて、素敵な私の人形達は! 宝石好きのコソ泥からすれば、羨ましくて仕方ないのではないですか? この子達は私のコレクションの中でも、最高傑作でして! 赤い瞳の方が“クリムゾン・ルビー”、そして緑の瞳の方が“エターナル・エメラルド”! あぁ……なんて、優雅で美しい響きなのでしょうか……! しかもですね、この子達は……」
「……もうそろそろ、いいですか? 大変、申し訳ないのですけど……俺はあなたのコレクション自慢にお付き合いできる程、暇じゃありません。正義のヒーローを気取るのは大いに結構ですが、ロリータ・コンプレックスを盛大に公表したところで、普通の市民権は得られないんじゃないですか?」
「フガッ! なんと、無礼な! 私のこれはロリコンじゃない! 立派な純愛だ!」
「俺は別に……ロリータ・コンプレックスが不純だとは、一言も言っていませんよ」
喋らせれば喋らせるほど、見事かつ華麗に駄々滑っていくジェムトピースに、いよいよ呆れているのはグリードだけではないらしい。ご主人様に自慢げに紹介された“クリムゾン”と“エターナル”もまた、愛想を尽かしたと言わんばかりに、ジットリとした瞳で背後のご主人様を見上げているようだった。
……ここに来て、変な奴が湧いてきたな……。
その正体にはある程度、心当たりはあるものの。とりあえず様子見も兼ねて、初対面を決め込むグリード。今日の声を作ってきたのだって、元々は彼を欺くためだったのだし……一通り心ゆくまでお喋りさせれば、マリオネッテ様は満足するだろうか。




