紅蓮舞姫とマラカイト(23)
軽はずみで口を滑らせたとは言え……まだその程度の世間話では決め手に欠けるだろうと判断し、少しだけ平静さと横柄さを取り戻しては、招かれざる客に対峙するウィリアム。やや嗄れた声からするに、目の前の怪盗は軽やかな身のこなしの割には、意外と年寄りなのかもしれない。そんな事を考えながら、ウィリアムは警備を手薄にした事を後悔するものの。オークションの主催者として……最大限の権威を発揮する事で、その場を凌ごうと考える。
「フン! 泥棒如きが俺を蹴落とそうなど、100年早いわ! 書状の内容とて、別に他意があって指定したものではない。ただ、衣装を完成させるのにマラカイトが足りなかったから、仕方なしに象嵌師に依頼しただけのものだ! とにかく、怪盗紳士様には即刻、ご退場願おう! 大事な商品を目の前でみすみす、盗まれるわけにはいかん!」
「おや、残念ですねぇ……。折角、もう1つ面白い話をして差し上げようかと、思っていましたのに」
「お前の話は甚だ、不愉快だ! サッサとこいつを摘み出せ!」
警備は手薄とは言え、オークションではちょっとした揉め事は常について回るもの。普段の警備員だけでも、年寄りの怪盗相手であれば事足りると……ウィリアムは早々に攻撃命令を出す。
「どうせ、今まで散々悪さをしてきた犯罪者だ。何なら、殺してしまっても構わん!」
「ハッ!」
「あぁ……これだから、品のない暴君はいけませんねぇ。こんなにお客様もいらっしゃると言うのに……流れ弾が他の方に当たったら、どうするのです……」
銃口を向けられても、さして慌てもせずに……2通の大事な書状を胸元に仕舞い込むと、大仰にお手上げポーズをして見せるグリード。そんな事をしているうちに、いよいよ銃声が鳴り響き始めるが……はてさて、これは何の冗談だろう? あろう事か、得体の知れない怪盗は手に握られたままの木製のメイスで、器用に全ての銃弾を撃ち落として見せた。
「……! お、お前……一体、何者なんだ……?」
「自己紹介は済ませておりましたでしょ? ……俺はどこまでも、欲張りなだけの大泥棒です。ただ、ひたすら……それだけの存在でしかありません。しかし、ウィリアム様も欲を出したばかりに……本当に馬鹿な事を致しましたね。こんな事をせずとも、もう少し待っていれば……取締役の席は本当にあなたのものだったのに」
「は? それは……どう言う意味だ?」
「あぁ、ご存知なかったので? 弟のランディ氏は随分前から、あなたにその席を譲ろうとしていたみたいですよ? 多分、彼の一存だけで事が進んでいれば……あなたはとっくにハーストのトップだったはずです。不躾ながら、マラカイトの出所を探るついでに、色々と調べさせていただきましてね。そもそも、ハースト・グループ内のイザコザはウィリアム対、ランディ……ではなく、ウィリアム対、役員だったのでしょ? だから……ランディ氏は障害となる役員達を説得しては、自身がトップから降りる準備を着々と進めていたようですよ?」
「嘘……だろう? あいつが、俺に……席を譲ろうとしていただとッ⁉︎ そんな、バカな!」
「嘘じゃありません。そうそう……こっちは元取締役室の金庫から、失敬してきました。ほら……ここ。弟さんが集めて回った、役員達の署名がズラリと並んでいますよ」
先ほど意地悪くチラつかせていた書状とは別の、更に重々しい雰囲気の書面を取り出すグリード。その書状をウィリアムに突きつけるように……さも、愉快そうに彼の顔の前に差し出す。
「多分、あなたの大き過ぎる野心を先代のケーネ・ハースト氏はとっくに見抜いていたのでしょう。だからこそ、彼はあなたではなく、弟さんを取締役に指定したのです。だけど……弟さんはあなたの横暴が自分の恋人に向き始めたのにも、しっかり気づいていました。だから、本当は……大火傷する前に、身を引くつもりだったのですよ」
忍び込んだハースト本社で小耳に挟んだ情報を元に、事実確認に足を運んでみれば。そこには甲斐甲斐しく、スーザンを見舞うランディの姿があった。彼らがどんな話をしているのかは、窓の外からは決して窺い知ることはできない。それでも、ランディの少しだけ寂しそうな笑顔は……傷心のあちら側の目にはあまりに、理解したくもないものでしかなかった。




