紅蓮舞姫とマラカイト(21)
「銀貨2枚!」
「こっちは銀貨4枚を出しますわ!」
大目玉商品・“舞姫のマラカイト”のオークションが始まっても、一向に噂の怪盗紳士が姿を見せる様子がない。その肩透かしを食らい、やや落ち込み始めた熱狂をバネに……妙な一体感で、次々に渦中のマラカイトの値段を吊り上げ始める参加者達。そうしていよいよ、提示金額が金貨の大台に乗り始めると。今度はピタリと司会の声が止まる。一体、どうしたのだろう? 突然、静まり返った非常事態の意味を探ろうと……観客という観客が、司会がいるらしい方向に顔を向ければ。そこには真っ黒な衣装を纏った、怪しげな男がマイクを握って立っていた。
「クククク……自己紹介が遅れまして、申し訳ございません……。今宵のオークションに司会進行として参加させていただいておりました、グリードと申します。いやはや。皆様の金離れの良さに、この泥棒めは感服仕切りですよ。そうそう、折角です。ここで1つ……休憩がてら、この泥棒とちょっとお喋りでもいかがでしょう?」
どうやら、今夜の司会は初めから泥棒が成りすましていたらしい。フルフェイスのマスク越しで、やや嗄れた声ではあるものの……朗々とした彼の語り口調に、参加者という参加者の耳が一斉に彼に向き始める。
「ご傾聴ありがとうございます。……さて。皆さんは“舞姫のマラカイト”がどんな状況から生き延びたか、ご存知でしょうか? ……あぁ、そちらの麗しいご婦人。もしご存知でしたら、お答えをどうぞ?」
とっても嬉しそうに自分の近くに座っていた淑女にマイクを向けて、答えを促すグリード。その茶目っけに、よし来たとばかりに淑女が答えれば……グリードの方も彼女のノリの良さに、カラカラと楽しそうに笑い出す。
「無論、存じてますわ! 確か、大火事にも関わらず、燃えずに残ったそうですわね」
「えぇ、えぇ。その通りですよ。マダムはよく心得ておいでだ。劇場で火事が起きて、哀れなスーザンさんが巻き込まれたのは、残念極まりない事でしょうが……さてさて。その火事は一応、事故と発表されていましたね」
「そうでしたわね。……最初はメラニー役の女優が犯人だと思っていたのですけど……」
「あれは本当に、警察のミステイクもいいところでしたね。……何せ、火事の原因とされた豪華な衣装を一介の役者が用意できるはずがないのです。細工を施すにしても、あの衣装は普段は金庫に保管されるレベルの代物だ。盗まれるのも無論のこと、勝手に持ち出されるだけでも、困ってしまう。何せ……最初から、あの衣装には犯人が意図的に仕込んだ細工が施されていたのですから」
今日の午前中に外をふらついていたのは何も、キャロルを避けるためではない。グスタフ対策の段取りと、事実の裏を取るためにモーリスのフリをして調査に出かけていたのだ。
その結果、あまり知らなくて良いことまで知る羽目になったが……それはこの場ではサッサと胸中に仕舞い込み、会場の空気を窺いながら話を続けてみる。おそらく今頃、心当たりがある者は肝を冷やしていることだろう。そんな事を想像しては、その冷えもすぐに熱々にしてやりましょうと、マスクの下でほくそ笑む。そんな風に……どこまでも底意地が悪いのも、グリードにしてみれば大泥棒の1つの嗜みでしかない。




