紅蓮舞姫とマラカイト(20)
呪いのマラカイトの存在以前に、最大関心事を例の怪盗紳士に奪われて、ウィリアム・ハーストのご機嫌はオークション当日の朝から絶不調であった。晴れて取締役に就任したのだから、その宣言も含めて大々的に広告を展開していたのに。これでは効果も半減どころか、全て掻っ攫われてしまったではないか。
「……ウィリアム様。警備についてですが、如何致しますか?」
「今更、警察を頼るにも間に合わない……か。しかしな、あれは可能であればさっさと手放してしまいたい。盗まれたら、盗まれたで構わんし、警備はそこそこでいいぞ。それにしても……やっぱり出自も分からんような象嵌師に装飾を依頼するべきではなかったのかもしれんな。あんな変なものを残されたのでは、我がハーストの名が汚れる」
あんな変なもの。ただ、マラカイトに見立てた仕掛けを作って欲しいと依頼したのに、おそらく依頼先の象嵌師はハースト側に何かしらの不都合も一緒に仕込んだつもりなのだろう。全てが燃え尽きた後に、輝きさえも失わなかったそのマラカイトはウィリアムにとって……気味が悪い以上に、悪事の証拠品が毅然と生き延びた気分にもさせられて、寝覚も悪い。
(大体……スーザンも馬鹿な女だ。どこをどう見ても、このハーストは俺の物なのに。最後まで抵抗しやがって……)
あの衣装を着るのを最初は嫌がっていたクセに、ランディがその衣装で上手く踊れたらば、今度こそ欲しいものをあげるよと言った途端に、何かに縋るように首を縦に振ったスーザン。結局、彼女が欲しいものが何だったのかは、今となっては知る術もないが……既にそんな事は、ウィリアムには無関係な事に他ならなかった。
「……ウィリアム様、そろそろ開始時間です。お席への移動をお願いいたします」
「うむ。……折角だ、噂の怪盗紳士とやらの踊りを見学するのも悪くないか」
次々に買い手がつく気持ちの良いオークション運びに、やや気分を上昇させながら特等席で様子を見守っていると……いよいよ、渦中のマラカイトの出品が声高に宣言される。それと同時に一段と熱を帯びる会場の空気に……彼等の熱源は決して渦中のマラカイトの登場だけではないと思い知らされるような気がして、上昇しかけていた気分を下降させ始めるウィリアム。
貴族を目の敵にし、数々の宝を盗んでは……こっそりと慈善事業に精を出しているという、怪盗紳士・グリード。その噂の真偽は定かではないが、そんな人気者がいよいよ登場するともなれば……観衆の興奮は最高潮という事なのかもしれない。
参加料に結構な金額を設定しているにも関わらず、集まってきたそれなりの身分の参加者達さえをも夢中にさせる彼の存在感が、そこはかとなく面白くない。しかし、その時のウィリアムには……怪盗紳士のご登場で、自身が大火傷をする羽目になるなどとは、夢にも思っていなかった。




