紅蓮舞姫とマラカイト(19)
“満月の夜ではございませんが、次回のハースト・オークションにて、
世にも不吉な“舞姫のマラカイト”を頂きに参上することに致しました。
つきましては、舞姫の名に敬意を表し……この不肖の身も踊って見せましょう。
当日はお目に掛かれる事を、心より楽しみにしております。
グリード”
夕刊の紙面に大袈裟に踊る、予告状の知らせ。その文面に……本当に仕方のない悪戯猫だと、ソーニャは眉を顰める。当事者は何かを避けるように、朝から姿を見せないままだが。……一応、モーリスの言いつけは守ったつもりなのだろう。ただ一枚、全くもって心の篭っていない置き手紙を残していたが。同じ手でこれだけ趣向を凝らした予告状を書くのだから、明らかに意地が悪い。
「……キャロルちゃん、大丈夫ですよ。この世界には男は星の数程、おりますもの。何も……あんな冷血動物ばかりを想ってやる必要はありません! この際ですから、うんと素敵な相手を見つけてやるのです!」
「そう……ですね。それにしても……やっぱり、ラウールさんはお仕事が何よりも好きなんですね……」
ラウールの手癖の悪さについては、モーリスからキャロルにも説明していたはずだが……それ以上に、彼が時折見せる極度の無関心の理由までは知らされていないのだろう。手元の置き手紙を見つめてはため息をつくキャロルの傷心に、ソーニャもどう慰めてやっていいのか分からない。大体……。
(何でしょうね、この酷い手紙は! これじゃぁ、キャロルちゃんを傷つけるだけではありませんか!)
“昨日の事で、君を傷つけたらしいことは理解しました。
許してくれとは言いませんが……きちんと謝らないといけないのでしょう。
申し訳ありませんでした。
今後は君を無闇に連れ歩くのは、やめることにします。
ラウール”
これではまるで、ただの反省文ではないか。
謝罪はしてみせるけど、その理由は分かりません。だから、その原因らしい事を止めました。
簡潔ながらも、あからさまに「自分は悪くない」と自己主張しているようにも思える文面に、更にプリプリと頬を膨らませるソーニャ。今夜はお仕置きの意味も込めて、ハラペーニョのスープを作ってやろうと腹づもりを整えると、キャロルに買い物に出るからとお留守番をお願いする。とにかく夕食にはお仕置きメニューと一緒に、キャロルが喜びそうなものを作らなくては。
***
新聞の夕刊を思わず握りしめながら……かつての屈辱を晴らす時が来たと、口元を歪ませるグスタフ。彼の両脇には、久々に目覚めさせたお気に入りの従者達が怯えながらも、傅くように控えていた。白磁の綺麗な肌に、緑と赤の瞳。それぞれに美しい少女達に歩み寄ると……グスタフが囁くように、今夜の作戦を言い渡す。そんな主人の命令をしかと受け取って、いつかに可憐な花を咲かせていた少女と同じく、カーテシーを返す2人の少女。彼女達の素直な様子に満足しながらも、やっぱり昨日のあの子も手持ちに加えたいと、思いを巡らせる。
コレクションは多ければ、多い方がいい。あの子がどんな存在かは知らないが。先代から受け継いだ技術を、ここぞとばかりに使わないのは愚の極み。今夜の大捕物を成功させて、今度こそ、この素晴らしい芸術品をお祖父様にも認めていただかないと。そうして、自分こそが正統な後継者だと公言していただいた暁には……憎たらしいライバルから助手をもらい受けるのも、きっと楽しいに違いない。




