黒真珠の鍵(2)
モーリスを見送った後、仕方なしにハタキを取り出してパタパタと掃除をし始めるラウール。どうせ街の隅で忘れられたように佇む、「ほぼ毎日が定休日」の店に客などいないと高を括っていると、予想に反して訪問者を告げるベルが鳴る。その音に少し迷惑な思いをしながら、とりあえず挨拶くらいはしておこうと、仕方なしに装飾棚の影から顔を出す、ラウールだったが。
「はい、いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で? 鑑定ですか? それとも、買取ですか?」
「いえ、どちらでもありませんわ」
「おや、そうなのですか? でしたら、この店にどんなご用でお越しになったのです」
「1つ……確かめていただきたいことがあるのです」
「……確かめる? でしたら、やはりご用件は鑑定で? ただ、生憎とウチは基本的に、宝石の類が専門ですけど。調べ物でしたら、中央通りにある古物商の方が頼りになると思いますよ」
「いえ……是非こちらにお願いしたい事案なのです。と申しますのも、こちらにお願いすればきっと望みを叶えてくれるだろうと、ホワイトムッシュにご紹介いただいたもので」
ホワイトムッシュ……その名前に心当たりがありすぎるものだから、ラウールは内心で盛大に舌打ちをしていた。全く、あの爺様は人のことをなんだと思っているのだろう。
しかし、そんな少々迷惑な推薦状でも無碍にはできないと考え直し……仕方なしに、目の前に佇む真っ黒な衣装のご婦人に向き直り改めて見れば。彼女は頭にしっかりと黒いファシネーターを載せていて、繊細な装飾が施された趣味のいいドレスを着込んでいた。そんな彼女の華美な出で立ちが殊の外気に入らないと、ラウールは忽ち苦い気分にさせられる。
「あぁ、そういうことですか。彼に……渡りを付ければいいのですね? それで? ご所望の品物はなんですか?」
「えぇ……実はこの鍵が使える先を探して欲しいのです」
「鍵が使える先……?」
そう言いながら、名乗りもしない彼女の合図で、背後に控えていた執事風の男が売り物のテーブルの上に1つの箱を差し出し、恭しく蓋を開けてみせる。そうして、妙に丁重な扱いを受けて開かれた小箱に鎮座していたのは……黒光する大粒の真珠を頭に乗せた鍵だった。
「……これまた、随分と特殊な鍵を持ち込まれましたね。こいつは普通の宝箱や家の鍵じゃないと思いますけど」
「あら、流石に隠れた名店の店員さんは一味も二味も違いますわね。随分とお若いと思っていましたが……フフ、ホワイトムッシュのご推薦は伊達ではないということかしら?」
「ムッシュのご推薦の有無は関係ないと思いますよ? こいつは見る奴が見れば、一発で普通の鍵ではないことくらいスグにわかる代物でしょうから。この黒い金属は……形状記憶素材の一種ですね。今はそれとなく、普通の鍵のフリをしていますが……相方が分かれば、即座に本当の役目を発揮するつもりなのでしょう」
「貴方様の予想通り、これは普通の鍵ではありませんわ。実は……秘密の世界に繋がると言われる、扉の鍵なのです。私は主人からこれの使い道を知らされないまま、残されてしまいましたので……この鍵が使える場所を知らないのです。ですので、なんでも探し当てて盗み出すという、怪盗・グリード様にこの鍵を使える場所を調べてきていただきたい。……お願いできますでしょうか?」
「……そればっかりは、俺が独断で返事できないことですから。ちょっと待ってもらえます? そうですね……明後日までには、返事と報酬額も含めて確認しておきます。ですから、お手数ですけど、明後日にまたお越し願えますか」
「えぇ、分かりましたわ。……では、よろしくお願いしますね」
「はい、承知いたしました。それじゃ、明後日のご来店お待ちしていますよ」
白々しくそんな返事をしながら、踵を返す彼女の背中をやや睨むように、ラウールは目を細める。おそらく、彼女は何かを隠しているのだろう。だとしたら……目的を暴く意味でも、ちょっと話に乗ってやるのは構わないか。