紅蓮舞姫とマラカイト(17)
「ソーニャからも聞いたけど……ラウール。キャロルちゃんに一体、何を言ったんだ?」
「別に、兄さんが怒るようなことは何1つ、言っていません。……いい機会ですから、互いの立場を明確に示してやっただけです」
外回りに託けて、あの劇場の現状を調べて帰ってきてみれば……店の扉を潜った途端にソーニャから弟の冷酷さを懇々と詰め寄られ、それどころではないとラウールに向き合うモーリス。お待ちかねの土産話はお説教の後でと意気込むと、珍しく眉間にシワを寄せて見せる。
「……どうして、俺が怒られないといけないのです。それはそうと、兄さん。劇場の様子はいかがでしたか?」
「話を逸らすな! どうして、お前はいつもいつも、わざわざ人を傷つけるような事を平気で言ってしまうんだ? どうして、そこまで人の気持ちを考えようとしないんだ……⁉︎」
「でしたら、逆に教えていただけませんか。……俺は、どうすれば良かったのでしょうね? 兄さんだって……このヘンテコな体の意味をよくご存知でしょ? 血も涙も流せない、どんなに苦しい事があっても……簡単に死ぬ事さえできない。そんな普通の人間ですらない俺が、どうやってその気持ちを受け止めればいいのです」
まるで感情さえ失ったとでもいう様に悪びれる事もなく、平然と答える弟に……モーリスはさもやり切れないと、肩を落とす。どうやって、その気持ちを受け止めればいいか……か。かつて、その事を一生懸命ラウールにも教えてくれようとした人は、とっくに墓の下。しかも、教えが中途半端だったばかりに……ラウールはあの日以来、頑なにその感情を否定し続けている。きっと、彼に言わせれば……本物のそれを示せるものなら、示してみろ……と言ったところなのだろう。
「……とにかく、キャロルちゃんにはきちんと謝るように。お前に自覚はなくても、あの子を傷つけたのは、紛れもない事実なんだから」
「へーい……分かりました。謝ればいいのですね、謝れば。それで……兄さんの方はいかがでしたか?」
やや投げやりに寄越した彼の了承は、興を満たすための表向きのものだという事がモーリスには透けて見えるのが、兎角、悔しい。それでも、興を満たしてやらなければ弟が暴走するのも、分かっているため……仕方なしに、好奇心を埋める手伝いをするモーリス。何れにしても、ここは必要最低限の話はできたということにしておこう。
「どうもハースト・グループというのは、内々の揉め事が絶えない企業みたいでな。そもそも、今の取締役の着任は先代の遺言によるものらしいんだけど……お兄さんの方は弟の就任を快く思っていなかったらしい」
「あぁ、なるほど。余程のことがない限り、家督は長男が継ぐものです。それなのに、弟さんがその座に着任したとあれば、お兄さんは面白くなかったのでしょうねぇ。……要するに、グループ内の揉め事は彼らの兄弟仲が原因という事でしょうか?」
「いいや? 少なくとも、弟さん……ランディ氏の方はそこまで、攻撃的な性格ではないらしい。ランディ氏はしっかりお兄さんの立場を考えて、殆どの事業主を彼に指定していたようだし……彼はグループの統括と舵取りをしていただけで、実際はお兄さんの発言権の方が強かったみたいだな」
「と、いう事は……あの劇場の持ち主はお兄さんの方、ということですか?」
「うん。あの劇場だけじゃないぞ。宝飾店も、ショコラティエも……果てはホテル系列もほぼほぼ、お兄さんの方が事業主になっていた。ランディ氏名義なのは、新聞社くらいのものだよ」
そうなると……劇場名をスザンヌ座とスーザンに因んで名付けたのは、兄の方だということか? 確か、新聞記事の内容では被害者のスーザンはハースト・グループ取締役の恋人だったはずだ。それなのに、兄の方が計画したオペラ劇場に弟の恋人の名前を用いるのは、不自然だというより他ない。その機微に複雑な恋模様を想像しては、今度はラウールの方がため息をつく。やっぱり恋愛モノは苦手だと……心底、思わずにはいられなかった。




