紅蓮舞姫とマラカイト(16)
中央街の帰り道を黒いピーコートの背中について、歩いてみても。気分が紛れるどころか、キャロルはあまりの心細さに、泣きそうになるのを堪えていた。宝飾店で投げられたグスタフの視線の意味も去ることながら、あろう事かキッパリとその事を否定されてしまった事が、何よりも辛い。それでも……彼女には彼に健気に付いて行くしかないのだが、その保護者がいつになくピリピリしているのに、気休め程度の話さえできない。
「……何を怯えているのです、キャロル」
「別に……怖いわけじゃないです……」
「そう。……その割には、随分と元気がないようですけど。……何か、不安が? いや、違うか。……俺に不満があるのなら、話くらいは聞きますよ」
きっと、彼の方も少し居心地が悪かったのだろう。ようやくキャロルの不安に気を向けると、いつもの調子で話しかけてくるものの……彼が自分の不承知にもきちんと知っている事に、いよいよ打ちのめされるキャロル。それは要するに、彼はキャロルの不安の種にも気づいているのに、わざとあのような事を言い放ったということ。キャロルの方はラウールを雇用主だなどと、思ったことは一度もないのに。それなのに……。
「あの宝飾店に行ったのは、本当はそのマラカイトが欲しかったから、なのですね。……私のお勉強はついでだったのですか?」
「えぇ、そうですよ。行き先が立派な高級店でしたし……折角のいい機会だと思って、誘っただけに過ぎません」
「そっか。……そうですよね。それじゃぁ……この間のチョコレートも、そのマラカイトのためですか?」
「……もちろん。相手から話を引き出すには、ある程度のリップサービスが必要な時もあるのです。鑑定士になって独立した暁には……そういったビジネスライクな交渉術も、あるに越したことはありません。……感情に任せて事を運んでも、失敗する可能性が高いこともきちんと理解しておいてください」
「……はい」
いつもなら、震えるその手を繋いでくれるのに。今日のラウールはそれすらもせずに……変わらない歩調で歩き続けている。あまりに冷たい彼の平常心に、せめて自分の身くらいは自分で温めようと……ソーニャが選んでくれた白いショートコートのポケットに手を突っ込む。
素直ないい子でいなければ、ようやく見つけられた居場所がなくなってしまうかもしれない。でも、その居場所にただ身を置くのが……ここ最近のキャロルにとって、苦しい事が増えてきた。自分へのお土産も、気遣いも。全部、全部、仕事のため。努めて彼の思惑に気付くまいとしていたキャロルには、それをハッキリと理解させられた事は何よりも……辛く、悲しい出来事でしかなかった。




