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紅蓮舞姫とマラカイト(15)

 全身を蹂躙する痛み、そして自分の美しさが損なわれた惨状。辛うじて命を取り留め、言葉は取り戻したものの……自らの嗄れた声を聞く度に、スーザンは絶望の底に突き落とされる。それでも……僅かに動く首を右に回せば、ベッドのサイドテーブルには飽きもせず、誰かが花を添えてくれているらしい。今まで誰彼構わず、嫌味を振りまいてきたスーザンを本当に見舞ってくれる者なんていないと思っていたが。……蕾の鮮やかなオペラピンクに、花の主の見舞いは決して気まぐれではない事を悟る。そして……そろそろ、贈り主が見舞いにやってくる時間だろうとスーザンは朧げな視界を彩るバラの色味に、息を吐いては……贈り主の来訪を、心のどこかで待ちわびていた。


「……スーザン、調子はどうだ?」


 慣れたように病室にやってきたのは……普段ならしつこく付き纏っていたはずの秘書さえも、置き去りにしてきたハースト・グループの取締役・ランディ。彼の優しい声色に、どこか温もりを感じつつも……どうして多忙を極めるはずの彼が自分のところに足繁く通ってくるのかが、スーザンにはどうしても理解できない。


「ごめんよ、スーザン。……まさか、こんなことになるなんて……」

「い、い……のよ、ラン……ディ。別に……今ま、で……たく……さん、ワガママを……叶え、て……くれた……の……だもの。……こちら……こそ、ごめんなさ……い。……こんな状、態で……生き……延びて、しまって」


 こんな()()()()()生き延びて。

 美しさだけが取り柄だったはずの自分に、もう何の価値もないのは、誰よりもよく知っている。だからこそ、スーザンには理解できないのだ。こんなザマでは、愛がなかったはずの恋人稼業はとっくに廃業だろう。それなのに……ランディは醜い自分の元にさえ、こうして毎日やってくる。しかも、スーザンが大好きな花の色まで、しっかりと腕に携えながら。


「……もう、十……分よ、ラン……ディ。私の……こ、とは……忘れ……て、ちょうだい……」

「忘れることなんて、できないよ。忘れられないから、こうして毎日見舞いに来ているんじゃないか。それに、ね。……実は役職も兄貴に譲ってきたんだ。だから、僕はもう……ハースト・グループのランディじゃなくて、タダのランディなんだよ。君が無事に退院したら、静かな場所に引っ越すつもりさ。だから……今度こそ、ずっと一緒にいられるよ」

「どう……して?」

「言わば……1つの罪滅ぼし、かな? 君がハーストの顔になるのを嫌がっていると知っていながら、僕はそれを強要してきた。時間がないのを言い訳に、君が欲しいというものをただ与えるだけで……本当は君に嫌な事を押し付けてきたのに、気づかないフリをし続けていた。だから……()()()()()()はやめる事にしたんだ。それに、兄貴の方はどうしてもハーストの取締役になりたかったみたいだし。……僕の方も、潮時だったんだろうから。ある意味で、丁度良かったのかもしれない」


 スーザンが頑なにサロメ・ジュ・テームのチョコレートを固辞していた理由。それすらも見透かして、ランディはため息をつく。スーザンに固執していたのは、何も自分だけではない。それでもスーザンは取締役だという理由で、ランディの方を選んだのだ。それでなくても、父親が弟を後釜に据えた不満が、兄・ウィリアムの腹に吹き溜まっているのに気づかない程、ランディは鈍感でもない。その吹き溜まりが大きく肥大した結果、兄は取り損ねた()()を手に入れるために、()()の意味も込めて……()()()()()()のだろう。


「……っ……」


 病室内なのに、雨が降るなんて……変なの。

 爛れた肌に必要以上に染みる雨が頬を伝うのを、スーザンは確かに感じながら……蕾の色の意味を知る。かつてその色が好きだと、彼ら兄弟に言い放ったばかりに……呪縛のようにありとあらゆるものを包み込み始めた、深い薔薇色。チョコレートのリボンも、バラの蕾も。その色に染まった全てが、自分のワガママの延長上にあるのだと思い知ると……スーザンはしばらく止みそうにない雨を流し続けていた。

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