紅蓮舞姫とマラカイト(14)
「これはこれは、ラウール・ジェムトフィア様ではありませんか。お久しぶりですね!」
「……お久しぶりですね、グスタフ・グラニエラ・ブランローゼ様。まさか、こんな場所であなた様にお会いするなんて、思いもしませんでしたよ」
スポットライトを浴びた、舞台俳優顔負けの煌びやかな空気を纏いつつ。颯爽と登場した白亜の王子様に耳目が集中するのは、自然な成り行きというもので。殊の外、通る美声で喚かれれば……その場の目と耳がゴッソリ自分達にも集中するものだから、居心地が悪い事この上ない。
ラウールとしては、今回はもう引き上げるつもりだったし、挨拶を済ませれば話に付き合わなくてもいいかと考えていたが。どうやら、グスタフの方は何が何でもラウールと楽しくお喋りがしたいらしい。非常に気の利く事を宣いながら、ラウールの立場を木っ端微塵にぶち壊してくる。
「それはそうと……ラウール様の方こそ、宝飾店に何のご用です? 確か、あなたはロンバルディア公認の宝石鑑定士で……ご自身も宝飾店を営んでおいででは?」
「えぇ、その通りですね。ですが、生憎と俺の店は猫の額程の小さな店でして。お客様のオーダー品に必要なルースが足りないものですから。仕方なしに、こうして大御所のお力を借りようと、やってきたのです」
どうして、いつもいつも……グスタフはこちら側の情報をここまで的確に知っているのだろう。宝石鑑定士、しかも自身も宝飾店の店主等と暴露されたら、足元にも及ばないにしても……この店にしてみれば、完全に商売敵ではないか。この状況では誰がどう見ても、商売敵がリサーチに来たと思われるのも無理はなく……ラウールの足元の立つ瀬がガリガリと削られるのは、目にも明らかだろうに。
(本当に、迷惑な奴ですね……。これだから、気位が高い貴族というものは、いけない)
「ところで、ラウール様。そちらの可憐なお嬢さんはどちら様でしょうか? まさか……恋人ですか?」
「いいえ? この子はキャロルと申しまして。とある縁で、俺の方で預かることになったのです。この子自身も宝石鑑定士になりたいそうでして、今は助手として店で働いてもらっていますよ。……俺は恋人ではなく、雇用主と言った方が適切でしょうね」
「おやおや、そうだったのですか。キャロル様とおっしゃるのですね。フフフ、初めまして。私はグスタフと申します。ラウール様とは、同じロンバルディア公の孫として親戚に当たりますので……今後とも、お見知り置きを」
「は、はい……キャロル・リデルと申します。……よろしくお願いいたします……」
大勢の視線を前に……少しばかり緊張しながらも、きちんとスカートを摘んでカーテシーをして見せるキャロル。ソーニャがお出かけだからと、彼女に着せていたルビー色のドレスも相まって……その様子はさながら、紅蓮舞姫のように小さな花を咲かせていた。
「……本当に可愛いお嬢様ですね。私も……是非、こんな可憐な同伴者が欲しいものです」
「もういいですか、グスタフ様。キャロルはかなり人見知りが激しいもので。あまり、緊張させるような事を言わないでやってください。少なくとも、このお店には探している物はないようでしたので、俺達はそろそろお暇いたします。グスタフ様が何をお探しかは知りませんが……ごゆっくりお買い物をお楽しみになれば、良いでしょう。さ……行きますよ、キャロル」
「そうでしたか。それは失礼を。あぁ、そうそう。実は、私も例の宝石の噂を聞きつけてやってきたのです。手に入れられれば……きっと、お祖父様も気に入ってくださると思いますし。お互い……ご機嫌取りに苦労しますね?」
「……そうですね。……では、失礼します」
隣で気の毒なくらいに縮み上がって震える小さな背を摩ってやりながら、キャロルの歩みを促すものの。まだ色々と言い足りないのか、最後の最後にグスタフが意味ありげな事を言い放つ。その趣味の悪さに……本格的に腹の底でムカムカしながらも、顔だけは笑顔を見せながら取り繕いつつ、店を後にするが。店を出たところで腹の虫がいよいよ我慢ならぬと……臓腑を這いずり回る感覚に、思わず唇を噛み締める。何も知らない部外者に中途半端に情報を握られ、計画を邪魔されたのが……ラウールは何よりも気に食わなかった。




