紅蓮舞姫とマラカイト(13)
「流石に中央街のお店は大きいですね、ラウールさん」
「そうですね。それはそうと……キャロルは何か、気になるものはありますか?」
「う〜ん……どれもこれも綺麗で、目移りしちゃいます……」
「そう。俺はそこまで気になるものはありませんが……折角です。しっかりと見学させてもらいなさい」
予定通りにキャロルを連れて、ハースト・グループの経営する宝飾店に足を運んでみたものの。立派なのは規模だけで、品揃えは随分貧弱だと内心で鼻を鳴らすラウール。おそらく、顧客が貴族揃いということもあるのかもしれないが……どのショーケースもダイヤモンドにエメラルド、ルビーとサファイアなど、所謂“四大宝石”がまばらに置かれているばかり。その様子にまるで、それ以外には扱う価値さえないと言われているような気がして……やや気分を害しながらも、高級宝飾店というのは得てしてそういうものなのかもしれないと、思い直す。
「……お客様は何をお探しですか?」
「えぇ、マラカイトを探しています。ルースだけで結構なのですけど……お客様のオーダー品を完成させるのに、どうしてもあの色味が必要でして」
きっと店に足を踏み入れた時から、狙われていたのだろう。ラウールが何かを探す仕草をして見せれば、ここぞとばかりに女性店員が声をかけてきた。彼女の張り付いたような笑顔に不気味なものを感じるが……ここはとにかく、客のフリをして情報を引き出さなければと、負けじと口元だけで笑みを作る。自分の嗜好には、断じて合わないが。……とりあえず微笑んでやれば、大抵の女性の口が軽くなるのは学習済みだ。
「まぁ、そうでしたの! お客様も随分と早耳ですわね」
「早耳……ですか?」
しかし、そうして表面だけの笑顔を作ってみたが……彼女の返答が完全に予想外なものだから、焦ってしまう。どうやら、この宝飾店ではその宝石名は1つの符丁らしい。ラウールがマラカイトとルースを指定した途端に、示し合わせたように頬を紅潮させつつも声を潜め始めた様子がますます不気味だと……自分の腰が引け始めるのも堪えながら、店員の話に耳を傾ける。
「えぇ。お隠しにならなくても、大丈夫ですよ。実は……あの“舞姫のマラカイト”が今週末にこちらに戻ってくるのです。そして、次回のハースト・オークションに登場予定でございますわ」
「そ、そうだったんですか……」
警察から近々、あのマラカイトが戻される……モーリスも昨晩、そんな事を呟いていたが。まさか、そんな曰く付きの逸品が、妙な2つ名で競売にかけられるとは。そのあまりの機転の良さに、こういう思考回路が大企業が大企業たる所以なのかもしれないと、更に鼻持ちならない気分になるラウール。一方で、そんな保護者の機微を嗅ぎ取ったのだろう。彼の外套を握りしめていたキャロルの手に力が入るが……彼女の小さな意思表示に、身を屈めて彼女の表情を窺えば。彼女はどこか悲しそうで……とても不安そうな顔をしていた。
「……どうしました、キャロル。気分でも悪いのですか?」
「いいえ……別に、そうではないんです……」
何かに怯えている……? それとも……? とりあえず、あのマラカイトが競売に掛かるという情報が得られただけでもいいだろうか。そこまで考えて、店員に愛想笑いと挨拶をしながら店を出ようとするラウールの背に、今度は妙に聞き覚えのある声が被さる。店内中に響き渡る気取った声色に嫌な予感をさせながら、声の主に向き合うと。……そこにはいつかの特急で乗り合わせた、銀髪碧眼の青年貴族がやや意地の悪い笑顔で立っていた。




