紅蓮舞姫とマラカイト(12)
ラウールの無茶を緩和しようと、仕方なしに難敵相手に探りを入れてみた結果。結局、由々しき事態を回避できなさそうな上に、面倒事を抱える事になってますます遣る瀬ない。更に……。
(ラウールはともかく……ソーニャ、怒ってるかな……)
モーリスの帰りが遅いと、途端に機嫌が悪くなる婚約者の顔を思い浮かべては、身震いするモーリス。もちろん、彼女の不服が自分に向くのなら仕方ないと割り切れるが……その矛先があらぬ方向へ向かった場合、話は別だ。何故かソーニャは反撃の相手にモーリスではなく、一種の同族嫌悪を弟にぶつける習性があった。おそらくそれは、半貴石側の貴石に対する嫉妬だとモーリスは勘繰っているものの。……いずれにしても、ラウールの機嫌を損ねるのだけは可能な限り避けたいモーリスにとって、一種の悪循環の緩和は抜本的な対策が急がれる特殊任務でしかない。というのも……溜まった不機嫌が膨れ上がった結果、あっち側が大暴れするのは、目に見えている。警察に身を置くモーリスにとって、弟の無茶は毎回肝を冷やす羽目になるドキドキハラハラのエンターテイメントでしかなかったのだ。
「……ただいま〜……」
「おや、兄さん。お帰りなさい。今夜はまた……かなり遅いお帰りですね?」
「一応、お仕事だったんだけどな。それで……ソーニャは?」
「兄さんがあまりに遅いと、ご機嫌斜めでして。もう部屋で不貞寝してますよ。……全く、今日はチリソースをポテトにたっぷりかけられたものだから、お陰で俺は腹ペコです」
「そっか……。アハハ……ごめんよ、ラウール」
腹ペコ……という割には、涼しい顔をして窓際のテーブルでコーヒーを楽しんでいるラウール。テーブルの上に、商売道具が納められたケースが鎮座しているのを見る限り……儀式は終わっているのにも関わらず、彼はモーリスの帰りを待っていたのだろう。
「ところで……もしかして、何か進展があったのですか?」
「いや……進展どころか、本格的に捜査の打ち切りの通達があった。あの劇場も検証が済んだら、早々に解放される予定みたいだけど……ハースト側としては、もう劇場自体を潰す方向で話を進めているらしい」
劇場自体を潰す……その荒手が所謂証拠隠滅の可能性が高いことくらいは、モーリスとて分かっている。しかし、今あの劇場はとある事情の影響で、特定の研究員以外は立ち入りすら許されていない状態だった。
「そうですか……いよいよ、キナ臭いものを感じますねぇ。それ、多分……」
「あぁ、間違いなく丸ごとなかったことにするつもりなんだろうな、ハースト側は。現に……彼らの息がかかったブキャナン警視の勢いが、凄まじくてね。ハースト側のご要望とあって、あのマラカイトも早々に返却されるそうだよ。そのことについて、コルソさんがラウールに申し訳ないと伝えてくれと……肩を落としてたのだけど……」
普通であれば、一緒に肩を落とす場面のはずなのに。兄の報告にいよいようれしそう目を細め始めた弟の心情を読み取っては……やっぱりこうなるよな、とモーリスが更に肩を落とす。ラウールにとって警察からハースト側へあの宝石が戻るのは、好都合以上の何物でもないのだろう。何せ……。
(大企業が相手なら、泥棒が予告状を出すのも自然だものな。どうして、こう……都合が悪い方に、色々と噛み合っていくんだろう……)
ソーニャの嫌がらせに、ブキャナン警視の忖度。2つの不都合のマリアージュに、いよいよ胃がもたれそうだ。甘いのはチョコレートだけにして欲しいものだと……モーリスは今宵も、恨めしげに窓越しの月を見上げるのであった。




