紅蓮舞姫とマラカイト(10)
「ところで……状況方しても、間違いなくマリオンさんは犯人じゃないと思いますけど。……その辺り、警察としてはどうなのですか?」
「あぁ、やっぱりラウールさんもそう思います? ……でしょうね。そもそも、この宝石諸々の出所はハースト・グループの宝飾店みたいですし……発火の原因が元々仕込まれていた装飾部分だと分かった今、僕もマリオンさんが犯人の可能性は限りなくゼロに近いと踏んでいます。ですけど……」
「ですけど?」
珍しく周囲から寄せられる熱波に気づかないのか、何やら気の合うらしいコルソと更に事件について話し込み始めるラウール。しかし……どこかワクワクした様子で話を投げかけた弟とは対照的に、やや気落ちした様子の鑑識官が声のトーンを急に下げ始めた。
「あまり口外したくない内容なんですけど……実はハースト・グループから陳情が寄せられたとかで。……この鑑識課にも、捜査の打ち切り命令がブキャナン警視からあったのです。どうやら……先方としては今回の件は事件ではなく、事故として、自然発火で犯人なしにしたいようなのです。ですから、マリオンさんは警察側のあらぬ嫌疑への謝罪もしっかりと公表した上で、明日にでも釈放となる見通しですよ」
「そんな馬鹿な。マリオンさんが無罪放免なのは、ともかく……これは、明らかに事故ではなく事件ですよ? ここまで分かっているのに、打ち切りになさるのですか?」
「事件を担当した以上、僕だって悔しいですよ、そりゃもう。でも……」
「……無理を申して、すみません。組織に身を置く以上……それはある程度は仕方のない事ですね。それにしても……またどうして、そんな事になったのです? 原因の出所が実は自分の所だった……というハースト側の不都合を隠蔽するにしても、要望を通すには、かなり無理があるのでは?」
「そうですね。僕もそう思いますけど……ま、説得先が警視総監ではなくブキャナン警視ってところに、何となく後ろ暗い事情を感じますね。……って、おっと! 今の呟きは独り言です。兎にも角にも……そちらのお嬢さん方も含めて、今の話は内緒にしてください」
コルソが少しばかり戯けたついでにそんな事を漏らしながら、しっかりと見物客にも釘を刺したところで……ラウールもようやく、お嬢さん方の余計な熱風に寒気を感じ始めたらしい。ブキャナン警視の名前も出たことだし、これ以上の長居が自分の首を締めかねない事も即座に理解したのだろう。慌てて商売道具を片付けながら、出口までの案内人を買って出たモーリスの後を、いつになく大人しく付いてくる。それでも尚、そんな弟の顔に未だにイタズラ好きの向こう側の面影が張り付いているのを……モーリスは決して見逃さなかった。
***
「そっか、マリオンさん……無罪なんですね。良かったぁ……」
「えぇ、そうみたいですよ。これで少しは、気分も晴れましたか?」
「うん……少し、楽になりました」
モーリスよりも一足先に店に帰れば……いつも以上に不安そうな顔をしたキャロルが、出かけた時と同じ状態でカウンターに腰掛けているのが目に入る。あまりに従順すぎる様子に、余程マリオンさんが心配だったのだなと無理やり納得すると、彼女を安心させる意味でも顛末を報告してみるが……やっぱりキャロルの表情は晴れないままだ。
「……どうしました、キャロル。そう言えば、少し元気がないようですが……大丈夫ですか?」
「あ、えっと……はい。大丈夫です……」
「……そう? なら、いいのですけど……。それはともかく、長い時間1人で留守番させて、すみませんでしたね。この先は俺が店番を代わりますから、少し2階で休んできなさい」
「はい……」
いつもながらに素直に返事をして、ラウールの言う通りに2階へ戻っていくキャロル。彼女の心配事がマリオンの立場だけではない事に気づきながらも……正直な所、どうしてやるのがいいのかラウールにも分からなかった。
無論、ラウールとて今まで恋の1つや2つの経験はあるし、いつかに攫ってみた最上級ルビーに、母親の面影を見つけた気がして……未だに彼女を思い出す事もある。それでもモーリスと違い、1割程度しか「生身」を持たないラウールには……恋はできても、愛を知る事は果てしなく難しい事でしかなかった。




