紅蓮舞姫とマラカイト(9)
そんなに心配しなくても、きっとマリオンさんは大丈夫だからと……言い含められて、店番をしているものの。キャロルはそんな事を言われてからずっと、ヤキモキしながらカウンターで俯いたままだ。もちろん、大ファンのマリオンの処遇も気にはなる。だが、心配なのはそれだけではなくて……。
(……ラウールさんはきっと、モテるんだろうなぁ……)
彼ら兄弟の容貌があまりに周囲の目を集めすぎる事は、キャロルもよく知っている。本人曰く、それは「どこまでも作られたもの」という話ではあったが。そんな事はそれこそ、周りの人間達にとってはどうでもいい事だろう。だから、モーリスに誘われて鑑定のお仕事に出掛けた師匠に変な虫が付かないか、キャロルは朝からずっと気を揉んでいるのだ。
(こんな事なら、一緒に付いていけば良かったかも……)
師匠を困らせてはいけないという自覚を慰めてもらおうと……摘んだチョコレートは必要以上に甘い気がして、今度は涙が出そうになる。仕事だからと店に留め置かれてしまったが、やっぱりここはワガママを言うべきだったのかもしれない。
***
「どうだ、ラウール。何か、分かりそうか?」
「そう、急かさないでください。それでなくても……対象が特殊すぎて、なかなかに判定が難しいのですから」
いくつものアイルーペを取っ替え引っ替えし、偏光器の偏光板を何種類も使い分けてみても。どこをどう頑張っても、明らかに異常な光彩を示す手元の宝石に……表向きは平静を装いながら、内心では胸が踊って仕方がないラウール。そんな弟の様子に一方で、モーリスは仕方のない奴だと居た堪れない気分になる。
宝石の鑑別はできないが、弟の表情の判別はできるモーリスにしてみたら、この出題は明らかに簡単すぎる内容だ。ラウールの表情を見分けるには、いくつかポイントがあって……口元だけ微笑んでいる場合は、内心で相手を馬鹿にしながら嫌悪感を示している時。そして、眉間にシワを寄せた仏頂面の時は、何もかもを煩わしく思いながら周囲を遮断している時。更に、目元だけで驚きを示す無邪気なこの表情は……。
(ターゲットを見つけた時……だよな)
今まさに弟が“イタズラ前の怪盗”の表情を示しているのを認めると、ちょっとだけ商売敵の手伝いをしてしまっている事に罪悪感を覚える。弟のためとは言え、これは紛れもなく諜報行為に他ならない。
「一応、鑑別結果を申し上げますが……ベースがマラカイトなのは、間違いなさそうですね。しかし、何かしらの特殊素材と結合されている様子も見られますので、俺の手持ちの道具だけでは、ルースを傷付けずに詳細を識別するのは不可能です。申し訳ありませんが……これをこのまま預からせていただき、王立研究所に持ち込んでもいいでしょうか?」
アイルーペを取り外しながらコルソに向き直ると、意外にも常識的な提案をし始めるラウール。モーリスとしては、このまま予告状を出す流れになると思っていたのだが……どうも、助手が来てからは彼もセーブしている部分があるのかもしれない。こんな所でキャロル効果を体感するとは思いもしなかったモーリスを尻目に、コルソの方は自分の一存では決めかねるのだろう。鑑識課長に相談してみると、彼が持てる最大限の前向きな返答を寄越した。
「あぁ、そうですよね。この宝石は重要な証拠品に他なりませんし……それは当然のお答えでしょう」
「この場で即答できればいいんですけど……すみませんね。僕は一介の職員でしかありませんから。それにしても……本当にそっくりなんですねぇ、モーリス警部補とラウールさん。いやぁ……僕にはどっちがどっちか、見分けがつきませんね……」
「よく言われますよ。目鼻立ちに、髪型。その上、声までほぼ一緒ですからね。まぁ、愛想がいい方が兄さん。それでもって、愛想が最悪なのが俺の方だと覚えておいて下されば、結構ですよ」
「それ……結局、見た目では判断できませんよね……?」
「えぇ、そうですね?」
差し障りのないやり取りの中で、間違いなくラウールはコルソを気に入ったのだと確信するモーリス。人前で目元まで笑って見せては、嬉しそうにクスクスと腹を抱えて……殊の外、ご機嫌が良さそうだ。
(ラウールがご機嫌なのは、とってもいい事だけど……それはさておき。鑑識課って、こんなに女子職員もいたっけ……?)
先ほどから、背中越しの熱視線に焼かれているモーリスの焦燥は黒焦げどころか、そろそろ遺灰になりそうなレベルだ。鑑別の邪魔をするまいと、それなりの配慮で静かなのはいいのだが。……間違いなく、課外の職員が混ざっている事にため息をつく。このまま……本当に何もなければ、いいのだけれど。




