紅蓮舞姫とマラカイト(8)
ブキャナン警視の名前を出した途端、同伴を諦めた弟の調査依頼をこなすために、モーリスは鑑識課に足を運ぶものの。自分があまり理解していないぼんやりとした内容で、調査に協力してもらえるだろうか? ……そんな不安を抱きながら、確認して欲しい事を担当者のコルソに告げると、目の前の鑑識官は何かを心得ているらしい。小さく「あぁ」と呟くと、さも嬉しそうにニヤニヤし始めた。
「なるほど……噂には聞いていましたが、モーリス警部補はかなりの切れ者みたいですね?」
「……噂に聞いていた? えっと、僕はそこまで勘が鋭い方ではないんですけど。しかし……鑑識官がそう仰るって事は、やっぱり先日の火災には不審な点が?」
相変わらず、自分の評判に変な尾鰭がついている事に目眩を覚えつつ、メガネを誇らしげにクイっと小突きながらコルソの説明に耳を傾ける。どうやら、コルソにとってモーリスの質問は……かなりの部分で核心を突くものだったらしい。
「お察しの通り、当日の火災現場の舞台から、塩酸系の薬品を含むと思われる燃えかすが残っていまして。毒性が認められる粉塵が大量に飛散していることもあり、あの劇場は調査の名目で、丸ごと封鎖されていますよ」
「……な、なるほど……」
兎にも角にも、この場は分かっている風を装い、コルソから話を聞き出すのがいいだろうか。しかし、そんな事を頭の端で考えているモーリスにはお構いなしに、流暢な口調で興奮気味のコルソが綿々と解説を続けている。やや話を聞きそびれてしまった気がして、焦ってしまうものの。……彼の話の概要からするに、ラウールの予想は大凡合っているらしい。いつもながらに、妙なところにまで鼻が利く弟に空恐ろしいものを感じるが。……コルソの解説を伝えてやれば、彼のオーダーは満たせたということでいいだろう。
「でしたら……やっぱり、あの衣装には元々……」
「多分、そうでしょうね。あなたのメモにある通り、衣装の飾りにマラカイトグリーンを用いた仕掛けが仕込まれていたと推測するのも、そうハズレてはいないと思いますよ。あ、そうだ! そう言えば、現場に1つだけ残っていた宝石がありましてね。そちらも鑑識中なんですけど……被害者はしっかり重症だったのに、それだけ燃えずに残っていたもんですから。恐ろしいやら、驚いたやらで。……ちょっと、不気味ですねぇ……」
「その宝石……今もここにあるのですか?」
「えぇ、ありますよ。とは言え、ちょっと不思議な宝石みたいで……鑑識が難航していまして」
不思議な宝石。そのキーワードに戦慄を禁じ得ないモーリス。もしかしたら、たった1つ残った宝石は“因縁の逸品”かもしれない。そう考えるが早いか、気づけば……モーリスはコルソにとある提案をしていた。相手が特殊な宝石、となれば。……ここは専門家の出番だろう。
「あの……よければ、その宝石を鑑定させてもらう事はできますか?」
「鑑定……ですか?」
「えぇ。実は、弟がアンティークショップを営んでおりまして。職業柄、宝石鑑定士の資格を持っていたりするものですから。鑑識課で鑑定が難しいのであれば、弟に見せてみるのもいいかもしれません」
「あぁ、確かに! 宝石の専門家に見てもらうのも、いいかも知れませんね。何せ……鑑識課で鑑定できなかったからと鑑定士を経費で呼んだら、色々とケチが付きますし。しかし、モーリス警部補の弟さんって……確か、あのブキャナン落としの?」
「ブ、ブキャナン落とし⁇」
ヒースフォートの一件が、この中央署でちょっとした話のタネになっているのは、何となく知ってはいたが。まさか……ラウールまで変な二つ名で話題に登場しているなんて、思いもしなかった。しかも、コルソの口調からするに……間違いなく自分も含めて、ラウールの存在は面白がられている。
それはそうだろう。何せ、ブキャナン警視は職位を横道で手に入れたと、専らの噂なのだ。だから実を伴わない警視を凹ませた無礼者の存在は、一種のエンターテイメントとしてここ、ロンバルディア中央署でも定着しつつあるのかも知れない。その波及効果に、相変わらず弟の存在はあちら側も含めて、必要以上に厄介なのだからと……ため息をつくモーリスだった。




