黒真珠の鍵(1)
「兄さん。そう言えば、ルヴィア嬢はその後……元気でしょうかね?」
「きっと、大丈夫さ。お祖父様とお祖母様の所に、無事に返せてやれたのだから。少なくとも、お前が心配する必要はないと思うよ」
「……でしょうね」
結局、しっかりと盗み出した“彗星のアレキサンドライト”を片手で事もなげに弄びながら。モーリスに、ルヴィアのその後を問うグリード。口先では納得している様子を見せているが、彼の表情はどこか不服そうで……そんな弟の面持ちにやれやれとため息を吐きながら、彼を慰めると同時に、朝刊の内容を詰るモーリス。
勿論、弟の手癖の悪さには、歴とした理由がある。それに関しては仕方がないと諦める一方で、手口は改めた方がいいのではないかと、モーリスは常々考えていた。
「……その様子だと、それ……ハズレだったのか?」
「うん、まぁ。……俺が普通になるのに必要なのはコレじゃないって、白髭にハッキリ言われたよ」
「そうか。それは……残念だったな。いずれにしても、悪ふざけは程々に。大体、毎回予告状を出さなくてもいいだろう? 本当に……お前が捕まったらどうしようと、ヒヤヒヤしっぱなしのこちらの身にもなってくれ。ほら、今日の朝刊にもしっかりとお前がそいつを盗み出したと、きっちり載っているんだから。あまり目立つような真似は、しない方がいいと思うな」
「あぁ、兄さんに心配かけているのは、分かっていますよ。それに関しては、とても申し訳ないとは思っていますけど……俺としては、ただ盗むのはつまらない。折角、ヘンテコな体で生まれたんだ。だったら……それが治るまでは、存分に楽しんだっていいでしょ? その間はお遊びはちょっと、やめられないかな」
「……お前の遊び好きは、それだけが理由ではない気がするけれど。とにかく、僕はそろそろ出かけてくるよ。今日は大人しく店番してろよ? 一応、この店は僕達の大事な拠点なんだから。それにわざわざ盗まなくたって、ここで待っていればお目当てのものがやってくるかも」
「……どうでしょうね。こんな寂れたアンティークショップに足を運ぶ物好きは、そうそういないと思いますけど」
「そう言いなさんな。これでも父さんと母さんが必死に守った店なんだ。……たまには、店の中を掃除くらいしたらどうなんだ?」
「分かりました、分かりましたよ。俺は今日は非番ということで、檻の中の掃除に勤しむ事にします」
「全く……ひねくれ具合も、相変わらずか。まぁ、いい。……何かめぼしい情報があったら、持ち帰ってくるから。それじゃ、留守を頼んだよ……ラウール」
「へーい。行ってらっさーい。お気をつけて〜」
やや投げやりに兄の背中を見送ると、既に固くなりつつあるライ麦パンを齧りながら、モーリスが置き去りにして行った新聞に目を落とすラウール。そうして……一面に踊っているロヴァニアの間抜けな怒り顔に、少しだけクスクスと愉快そうに笑いを零すと、急に悲しげにため息をつく。
街を丸ごと遊び場にして憂さ晴らしをしない限り、忘れられない理由と事情。初めからなかったはずの何かを探し求めて、彼は満月の度に「強欲」を名乗ることにしたが、欲しいのは名声でも財宝でもない。欲しいものはただ1つ……この身を救うらしい、「彗星」という名を冠する宝石。その至宝を探し当てるまでは、彼のお遊びが終わりを迎えることは、決してない。