紅蓮舞姫とマラカイト(4)
サロメ・ジュ・テーム。そんな甘い響きが、チョコレートにお誂え向きな店名だと、調査の一環で寄ってみたものの。店に足を踏み入れた途端、ご機嫌ナナメのお留守番達にお土産でも買って帰ろうかという考え自体が甘すぎたと……すぐに後悔するラウール。鼻がもげそうなスィート過ぎる香りも去ることながら、店内のどこもかしこも、男性客しかいない事をしかと悟る。そして……今日はそういう日だったと、自分の詰めもどこまでも甘かったと自責せざるを得ない。
(ゔっ……確か、今日は2月14日でしたっけ……)
恋人達の日……そんな一大イベントの渦中に足を突っ込んでしまったこと以上に、こんな日にチョコレートのお土産を買って帰ったら、ソーニャとキャロルに変な誤解を与えそうで頭が痛い。それでも……これもマラカイトのためだと気を取り直して、それとなく中価格程度のチョコレートの詰め合わせ2箱の購入意思を店員に伝えるついでに、壁にしっかり貼ってあるポスターについて話を向けてみる。
「あぁ、そう言えばこのポスター……昨日の新聞にも広告が出ていましたね」
「そうなんです! あ、もしかして……お客様はその広告をご覧になって、いらして下さったのですか?」
「えぇ、まぁ。それに、こちらのスーザンさんが出演していた紅蓮舞姫のオペラも見に行きましてね。なかなかに楽しめましたが……しかし、この衣装は舞台で着ていたものとは、違うような?」
それとなく衣装について言及すると、手際良くハート型の箱にリボンを掛けながらも、器用にラウールの質問にも答える店員。運良く、目の前の彼女はこの店でも古株の店員のようで、ほんの少し得意げになりながら、詳細を嬉々として話し始める。
「あぁ、この衣装は当店と同じハースト・グループの宝飾店から提供があったものですの。ですので、キャンペーン用の衣装ですから、本来は舞台でスーザンさんがお召しになることはなかったはずなのですけど……」
「なかったはず……なのですけど?」
「えぇ。実はこの広告を掲載してから、かなりの反響がございまして。スーザンさんご本人も、相当に気を良くされたようですわ。その事もあって、確か……今週末の紅蓮舞姫の舞台から、こちらの衣装が登場する事になったそうです」
「へぇ〜。それはそれは。だったら……フフ、是非に間近で拝見したいものですね」
そんな事を話し終える頃には、ラウールの手元にはキッチリと乙女趣味全開のピンクのリボンが掛かったチョコレートの箱が2つ鎮座していた。そんなスペシャル仕様のお土産のお値段は〆て、銅貨20枚。意外と結構ないいお値段にやや目眩を覚えながら、かのオペラの一般席のお値段が1席で銅貨15枚だった事を考えても……この位は許されるだろうかと思い直す。何れにしても、この調子では自他共々、本腰を入れて節約を考えなければならないかも知れない。




