呟く飾り石
気がついたら100話を超えていたため、説明できていない設定の補完として、おまけパートを入れてみました。
ですので、ある意味でここは読み飛ばしても差し支えないかと思いますです。
1話に詰め込んだ結果、長くなりましたし……。
皆様、ご機嫌よう。えぇと……ちょっとしたナビゲーター役に抜擢されてしまった、モーリス・ジェムトフィアと申します……。今回は僕達の事をご紹介できればと思いまして、こうしてノコノコと出てきました。お時間があれば、お付き合いいただけると嬉しいです。
*AM 5:00
先日やってきた弟の助手さんにお部屋を用意した結果……なぜか、僕はソーニャと相部屋になってしまいました……。
そんな彼女はこの店で起きるのも一番早く、大抵5時頃になると目を覚ますものですから、僕も一緒に起きてしまいます。本人曰く、その存在はありふれた半貴石……という事らしいのですけど。ソーニャは必要以上に美人なものだから、最近寝不足になりがちで、困っています。婚前交渉は避けるべきと、言い合いがなくなれば、もう少しよく眠れるのですけど……。そんなちょっと気の強い彼女はムーンストーンの核石を持つカケラ、と呼ばれる存在です。
カケラ。それは、この世界にかつて確かに存在したらしい天空都市からの来訪者の力を得ようと……人間たちが試行錯誤した結果に作られた、人であって人ならざる者。大抵のカケラは幼い試験体に対して、核石……来訪者達の破片を埋め込む事で生み出される存在です。
……僕としてはあまり考えたくもないのですが、試験体自体が普通の状況下で生まれるものではないというのは何となく、父さんから聞かされた事があります。
身勝手な研究で生み出されたカケラ達は必ず双子で生を受け、3歳までの成長過程で片方にカケラとしての性質を集中させる事で、性質量を半分以上受け継いだ方を「宝石」、その「宝石」の中でも80%以上の性質を受け継いだ者は「宝石の完成品」とされます。そして……双子のうち、性質をあまり受け継げずに残された方を「飾り石」と定義し……大抵は「飾り石」の方は貴重な核石の再利用のために、「捨て石」として処分されてしまうのが、常なのだそうです。ですから、弟の「飾り石」である僕が生き延びられたのは、ある意味で幸運だったのかもしれません。
それはさておき、隣で伸びをしているソーニャの髪は透き通るような乳白色で、やや長めの髪の毛を手慣れたように纏め上げると、キビキビと着替えて部屋から出ていきます。多分、弟のご機嫌を保つ意味でのコーヒーを淹れてくれるつもりなのでしょう。折角ですから、淹れたてのコーヒーを頂こうと僕も負けじと伸びをして……そのまま起きてしまう事にします。
*AM 7:00
朝刊に目を通しながら淹れたてのコーヒーを頂いていると、ようやく寝癖の残ったボサボサ頭で双子の弟……ラウールがリビングにやってきます。完全に夜行性のラウールは朝がやや苦手なようですが、それでも大好物のコーヒーの誘惑には勝てません。その顔は渋々ベッドから這い出してきた、と言わんばかりの仏頂面ですが……眉間のシワが浅いのを見ても、今朝のご機嫌はそこまで悪くないのでしょう。
愛想の良さは最低限、その上、大抵の事には無関心。でも、それが……ラウールなりの防御なのだという事を、僕はイヤでも知っているのです。
通称・パーフェクトコメット……原種に近いとされた母さんが、本来はカケラとしてはあり得ないはずの出産をした結果、ラウールは性質を90%も引き継いだ「宝石の完成品」として生み落とされました。本来なら「飾り石」でしかなかったはずの僕でさえも生かされたのには、母さんが特殊すぎる存在だったから、というのが本当のところでしょう。しかし一方で……弟は生まれつきの完成品だったばかりに、凄惨な実験の被験者として、子供の頃から辛い目に遭ってきました。
だから、彼は必要以上の人との関わりを避けるのです。今となっては母さんと一緒に、僕達が商品として放り出された経緯はそれこそ、分かりませんが。……少なくとも、ラウールの極度の人見知りと人嫌いは、幼い頃の記憶がこびりついているからに他なりません。
「お出かけですか、兄さん」
「うん。そろそろ、出かけるよ。あぁ、キャロルちゃんはまだ眠っているのかな?」
「そうみたいですね。……いい加減、きちんと朝は起きられるようになって欲しいのですけど。まぁ、仕方ありませんか」
やや慇懃な敬語も防御のうち。ラウールは僕相手でさえ、たまにしか砕けた言葉遣いをすることはありません。特に父さんの命日の前後は、その傾向が強くなります。ですから、僕は弟の口調で季節を感じ取ったりするのですけど……春先はやや子供っぽい口調になるのも、父親離れの証なのかなと、1人で考えてしまうのです。
*AM 12:00
「あぁ、モーリス。今日も……悪いんだが、一緒にブキャナン警視との昼食にお供してくれんかね?」
「……はい、承知しました……」
きっと、自分の体調不良が原因で妙な事になったと、目の前のホルムズ警部も自覚しているのでしょう。ここ、ロンバルディア中央署で僕は警部補として働く傍ら、ラウールと一緒に白髭様のお仕事のお手伝いをしています。きっと署内で動きやすいようにと、配慮をしてくれた結果なのか……当時20歳という年齢にも関わらず、役職を与えられているのは最早、異例と言わざるを得ません。それでも、上司にあたるホルムズ警部はやや遠慮がちな周囲とは異なり、僕に対しても平等に接してくれるのでありがたいと思っていました。ただ……最近は例の事で、本来は快活で部下思いだった彼の態度にも遠慮が混じるようになったのが、少し居た堪れないのです。
「……いつになったら諦めるのかねぇ、ブキャナン警視は。モーリスには既に婚約者がいるという話だったが……弟君はそうではないのだろう? ……やれやれ、結婚は本人の意思が大事だろうに」
「僕もそう思いますが……ヒースフォート城で弟がした事は少々警視親娘にしてみたら、あまりに屈辱的な事だったのでしょう。だから、余計に諦められないのではないかと……」
「まぁ、何れにしても上長命令だし……逃げるわけにもいかんか。私もきちんとご一緒するから……そう、心細そうな顔をするな」
「はぃ……すみません……」
僕が肩を落としたのを見逃さず、しっかりと慰めてくれるように背中を叩いてくれる警部。リーシャ真教の一件で、後遺症がまだ少しだけ残っている足を引きずりながら……今日も針の筵に一緒に座ってくれるつもりのようです。
*PM 6:00
空の向こうが紺色に変わるくらいの時間に、ようやく家に辿り着くと。朝には会えなかったキャロルが店番をしていたらしく、1番にお帰りなさいと声をかけてくれます。この店に彼女がやってきてから、まだ1週間も経っていませんが……それでも師匠らしいラウールとは異なり、彼女の方は愛想も良くて、店番も彼以上に板について見えるから不思議な気分になります。
ややオレンジに近い色の金髪に、ブラウンの瞳。きっとソーニャに整えてもらったのでしょう。髪の毛はきちんと編み込まれており、幼い顔立ちも相まって……お人形さんがちょこんとカウンターに座っているようで、とても微笑ましく見えます。
「キャロルちゃん、お勉強の方はどう? ラウールが意地悪な事を言ったら、すぐに相談するんだよ」
「はい! その、大丈夫です……。今日は宝石や鉱物の種類について、教えてもらいました。それで……えっと。私はどちらかというとサファイアよりもコーネルピンの方が合っているんじゃないか、って……言ってもらえて……」
「おや、ラウールが女の子を宝石に喩えるなんて、珍しい。大抵はそんなロマンチックな事は下らないと撥ね除けるのに……何か理由があるのかな……?」
自分で連れてきただけあって、おそらくラウールはキャロルを気に入っているのでしょう。明確な基準や理由はよく分かりませんが、意外と彼は年下の女の子には優しいのかもしれません。以前、図書館で出会った女の子にも懐かれていたみたいですし……。
「全く、兄さんは……どうして俺を必要以上に悪者にしたがるのでしょうね? 助手に例え話をしながら、話すことの何がそんなにいけないんですか」
「だって、普段からソーニャには乙女主義はほどほどに……って、口を尖らせているだろう? 同じ口で、キャロルちゃんにはそんな事を囁くのだから。……勘繰るのは、当然じゃないか」
「あぁ、それはソーニャの方が俺には意地悪だからいけないんです。……スープをこうも頻繁に辛口にされたら、ちょっとは反撃したくもなるでしょう」
「……それとこれとは、話が別な気がするけど……」
そんな僕達の会話に、クスクスとキャロルが嬉しそうに笑い始めるものだから……互いにちょっとバツが悪くて、2階に上がろうとどちらからともなく言い合います。そうして今日の店じまいを決め込んで、ドアに掛けてあるプレートを「CLOSE」にした上でラウールが戻ってくると……一緒に楽しそうに2階に上がっていくキャロル。ラウールの方がキャロルの事をどこまで思っているのかは、分かりかねますが。少なくとも、キャロルの方はラウールに対して懐いている以上の何かがあるように思えて、仕方ありません。
ラウールの話では、キャロルは“パパラチアサファイア ”の模造品を埋め込まれて作られた「飾り石」とかで……完全に例外中の例外と言っていい彼女の存在は、ある意味で白髭様達の方でも問題になったようでした。それでも、こうして検査が終わった後に無事、返してもらえたのには……多分、白髭様ご本人の口添えが効いているのだろうと思っています。
サファイアの核石を再結晶させて作られたという、“ワンダー・パパラチア”。素材こそ同じコランダムを流用しているとは言え、本物には到底及ばないはずだったその核石は、見事にキャロルの体に根付いていました。しかも、彼女の話ではその状態になったのは12歳の時とかで、通常の手法で彼女が「飾り石」になったとは考え難い事態でもあったのです。
確かに、カケラ達が自分の核石と同じ宝石を取り込む事で、延命するのは可能な事ではあります。ですが、それはあくまで最初からカケラとして生み出された存在だからできていたはずの事であって、生身の人間だったキャロルにはまず、不可能な事でした。それなのに、彼女は不完全とはいえ、逃げ足の速さという身体能力を引き継いでいて。その不可解さに、僕達の知らないところで例の研究が良くない方向に進んでいるのではないかと、不安になるのです。
*PM 9:00
「なぁ、ラウール」
「どうしました、兄さん」
「いや……その」
夕食後のひと時。女性陣2名が一緒に浴室に出かけている間に……ラウールにキャロルについて聞いてみようと、こうしてテーブルを挟んで向き合うものの。どこから何を聞けばいいのかが分からなくて、つい黙ってしまいます。そんな僕の憂慮をいざ知らず、何やら買い込んできたらしいコーヒーの味にご機嫌らしいラウールが、僕の表情からアッサリと用件を読み解くと……あまりに薄情な答えを返してきました。
「別に、キャロルの事はそこまで深く考えていませんよ。ただ……旅先で託されてしまったものですから、引き取ったまでです。自立できるようになったら、きちんと外に放してやるつもりですし……ご心配なく」
「ラウールはそれでいいのかも知れないけど……多分、キャロルちゃんの方はそうじゃないんじゃないかな……」
「……分かっていますよ、そんな事。でも……それはただひと時の勘違いでしかありません。あの子は狭い街から連れ出してくれた保護者への敬慕と、異性への恋慕とを取り違えているのです。かつての俺と同じように、優しくしてくれたらしい相手へ少しだけ気持ちを寄せているだけ。それがどこまでもただの勘違いなのだと……遅かれ早かれ、気が付く事でしょう」
かつてのラウール、か。それが意味するところを考えながら、窓の外を見つめる紫の瞳を認めれば……ラウールが未だに置き去りにされた事を根に持っているのだと、気付かされます。
あの時、身を挺してまで僕達を庇っていなくなってしまったのには……父さんなりの責任の取り方だったのだろうと、僕は考えていました。きっと、父さんは苦しむ母さんの自由をもう一度奪う事をしたくなかったのでしょう。一度はその銃口を向けられ、挙げ句の果てに研究対象として閉じ込められた母さんの身の上を知っていれば、それは当然の感傷だったのだと思う一方で……だからこそ、ラウールは父さんがした事を許せなかったのだとも考えるのです。
母さんがいずれいなくなってしまうのは、当時の僕達にだって分かっていた事。だったらば、せめて父親だけでも残してくれればよかったのに。……本当に甘えられるようになるまで、待っていてくれればよかったのに。
「それはそうと……兄さんはどうなのです? あまりソーニャを焦らさないであげてくれませんか。兄さんが連日つれないものだから……あろう事か、腹いせにキャロルに変な事を吹き込んでいましてね。頼みますから、婚約者の手綱くらいはきちんと握っていてくださいよ」
「えっ……? ソーニャがキャロルちゃんに何を吹き込んだんだ?」
「レディの嗜みを教えるついでに、“殿方の誘惑の仕方”もレクチャーしていましたよ。ですが……連日空振り続きだと、大袈裟に嘆いていましてね。成功したら報告するなんて、危なっかしい事を言っているものですから……側で聞いている方としては、居心地が悪いにも程があります」
「……」
ごめんよ、ラウール。キャロルちゃんの事を心配する以前に、僕がしっかりしなければいけなかった。今夜はもう少しよく言い聞かせなければと……僕はいよいよ、暴れ馬の手綱を掛け替えるために腹を括るのでした。
*PM 11:00
「ソーニャ。話があるんだけど」
「あら……モーリス様がそんなに険しい顔をなさるなんて。いかがしましたの?」
「うん……ラウールに聞いたんだけど、キャロルちゃんに如何わしい事を教えているんだって? 頼むから、彼女には変な事を吹き込まないでくれないかな」
「まぁ、心外な! 殿方を手玉に取る方策は、か弱い乙女にとって大事なスキルですのよ? いざという時、そういう手腕があれば……油断させて毒殺とか、撲殺とか! 恨みをこれでもかと、発散できるではありませんか!」
「毒殺に……撲殺……⁇」
何かが違う。僕が想像していたのと、明らかに方向性が違う。
多分、それはラウールも一緒だったのでしょう。きっと彼も、ソーニャが純粋に色事についてキャロルに要らぬ事を教えているものと考えていたのでしょうが……ソーニャは本気で生き延びる術を教えているつもりだったみたいです……。
「い、いや……いくらなんでも……そんな事を今から教えなくても、いいんじゃ……」
「そんな事、ありませんわ。この物騒な世の中、護身術はあるに越したことありません。特にキャロルちゃんはあの通り、お人形さんみたいに可愛いですから……誘拐とかされたら、困るでしょう?」
「あぁ、まぁ……それは確かに……」
だとすると、ラウールの言っていた連日空振りとかっていう話はどこに絡んでくるのだろう……?
そんな事を僕が目まぐるしくアレコレ考えていると、いよいよこちらにもたれかかってくるソーニャですが。あっ……やっぱり、この様子ではラウールの勘違いでもなさそうです。
「いい加減にしなさい。とにかく、これからはそういう話題はなしにして。それには互いにいいタイミングがあるでしょう? 頼むから、ここにい続けるつもりなら、少しはいう事を聞いてください」
「まぁ……本当にモーリス様は真面目なのですから……。折角、そんなに綺麗なお顔をしているのに、勿体ないですわ」
「褒めればいいというものでは、ありません! とにかく、明日も早いのですから寝ますよ! ……おやすみなさい」
断固として意思表示しなければと、背中を向けてみるものの……妙に慣れてしまった背中越しの抱擁に、少しだけドキドキしながら目を閉じるのですが。こんな調子だからここ最近、よく眠れないのではないですか。それでも……。
(明日も何事もなく過ごせれば、いいのだけど)
いつになく静かな夜に、ようやく神経が休み始める頃……今頃、夜行性の弟は商売道具の手入れをしているのだろうと考えると、すぐに眠気もやってきます。
ラウールが遊びに出かける事さえなければ、毎日が平和なのかも知れない。それでも、そんな毎日はラウールも……そして僕も、本当は望んでいない事は互いに分かっているもので。彼らの夢を側で見守って、成就する瞬間を分かち合うのも、ちょっとお節介な「飾り石」の特権だと……僕はつくづく、考えるのです。
【おまけ・飾り石について】
作中では中途半端な「核石」、あるいはそれを持つカケラ達を総称して使っている単語ですが……。
本来の意味としては、「宝石」の条件である「希少性」「硬さ」「美しさ」のうち、加工によって「美しさ」を補填した鉱石のことを指します。
また、1つの装飾品においてメインの宝石を引き立たせる「脇役」の意味で用いられる事もあるみたいですね。
尚、宝石と飾り石の違いに関しては鉱物学的な基準は明確には設けられておらず、「宝石」として流通している鉱石も「飾り石」に該当する事はままあるようです。
何れにしても、その呼称はどこまでも人間の「基準」と「都合」によるものですので、当の鉱石達にしたら知ったことか……というのが本音だと思いますです、ハイ。
【参考作品】
特になし。
主にモーリスさんの苦労加減を知っていただくための部分なのです。




