彗星のアレキサンドライト(12)【挿絵あり】
「ルヴィア、そろそろ夕飯の時間ですよ。ほら、降りてらっしゃいな」
「は〜い! 今、行きます!」
温かいスープの香り、自分を優しく呼んでくれる懐かしい声。その何もかもを、思い切り吸い込むと……ルヴィアは嬉しそうに階段を駆け下りる。あの窮屈で真っ白な味気ない部屋で、こうして祖父母と一緒に囲む夕食をどれ程までに恋い焦がれ、望んできただろう。
(泥棒さん、警部補さん……私はお陰様で、こうして幸せに暮らしています。本当に……ありがとう)
あの日、馬車に揺られながらの道中でモーリスが説明してくれた内容によると……どうやらグリード宛にルヴィアを取り戻してほしいと依頼したのは、他ならぬ彼女の祖父母だったらしい。そうして、彼らが約束の日にきちんと課せられたオーダーをこなしてくれると信じていた祖父母は、彼女をもう一度迎え入れる準備を着々と進めており……今は元の家からも、ロヴァニア邸からも、遠く離れた田舎町でひっそりと3人で暮らしていた。
たった数ヶ月のはずだった貴族としての生活は、例え短い間だったとしても、窮屈な思いをルヴィアに刻み込むほどに退屈な出来事で。そんな生活……お茶を音を立てずに少しずつ啜ることも、恭しくスプーンとフォークを使って気取りながら、刻々と冷め続ける食事を摂ることも……何もかもが、ルヴィアには煩わしかった。それに引き換え、今は遠慮なく大きな口を開けながら、ゴロリとしたジャガイモを頬張れることが、何よりも嬉しい。
そんな退屈な生活を忘れたいルヴィアに残った習慣はほとんどなかったが、ただ1つだけ……どうしても忘れられなくなってしまった習慣が彼女には刷り込まれていた。それは……。
(明日も……晴れそうね。今頃、泥棒さんはどうしているかしら?)
何かを待ちわびるようにベランダに出て、深い紺色になりかけている空を見上げる。彼女が見上げた先には、1つだけ星が出ており……その小さな瞬きにきっと明日も晴れるのだろうと、そっと息を吐く。待てど暮らせど、どれだけ思いを募らせても……待ち望んだ話し相手はやってこない。それでもまたいつか、お喋りをしにフラッと彼がやって来そうな気がして。ルヴィアはこうして、毎日空を見上げていた。
きっと、この空の下のどこかの屋根の上で。今日も変わらず、彼が飛び回っている。そんな事を考えるだけで、ちょっと寂しさが和らぐのを感じると、風邪をひいてはいけないとばかりに部屋に戻る。
明日も明後日も、きっと晴れるだろう。いつだって……あの日見た夕焼けの景色が、ルヴィアの心の雲を吹き飛ばしてくれているのだから。
***
※主人公のイメージ画像を描いてみたので置いておきます。雰囲気的にはこんな感じでありますです。
【おまけ・アレキサンドライトについて】
通称「宝石の王様」とまで呼ばれるアレキサンドライトは、鉱石・「クリソベリル」の変異種とされています。
モース硬度は約8.5。石言葉は「魅力」や「高貴」など。
ダイヤモンドやルビー/サファイアよりは硬度が下がりますが、硬度7.5以上のため「貴石」に分類されます。
最大の特徴は鮮やかなカラーチェンジ効果ですが、その変色性は宝石中の「クロム」の分量によって左右され、色変わりの度合いも、含まれる成分のバランスでかなりの差があるらしいです。
何れにしても、飛び抜けて希少性の高い宝石であることは間違いないでしょう。
(と言いつつ……あまりに高価な石の為、作者には実物を拝む機会さえありません;)
なお、同じクリソベリルのお仲間に「キャッツアイ」があります。
元々の「モデル」がある映画の影響でトラをモチーフにしていた為、最初はダイヤモンドの設定にするつもりでしたが……お仲間繋がりでこっちの方が都合がいいだろう、という事になりました。
すみません。正直な所、「ヤッチマイナァ!」のノリで書いてます。本当にごめんなさい。
【参考作品】
特になし。
元は『天使と悪魔の日常譚』のスピンオフ(しかも設定は児童書)で書いていたので、特に下敷きにしている作品はありません。
強いて言えば、文体はポプラ社の『怪盗紳士・アルセーヌ・ルパン』シリーズを参考にしています。
……なので、この部分だけ主人公の性格がやや子供っぽく書かれていますです。
悪しからず。