パパラチア・ワンダーロード(18)
“次の満月の夜、鈍く輝くこの街の宝を頂くことに致しました。
つきましては、一夜限りのヴォーパルの剣を気取るべく……
皆々様方には是非、遊び相手になっていただきたい所存でございます。
当日はお目に掛かれる事を、心より楽しみにしております。
グリード”
怪傑・サファイアの挑発に、いよいよ応じたらしい怪盗紳士の予告状とあっては、コーネの街はひっくり返さんばかりの空騒ぎに浮かれっぱなしだ。そんな予告状の差出人はきっと……ターゲットらしい美術館に現れるだろうと、満月の夜は明日だというのに、今から詰め掛ける趣味人が大量発生する始末。その様子に……この街は丸ごと面白おかしい事に飢えた観客の群れなのだと理解すると、たまには舞台で踊ってみるのも悪くないと考える。正直なところ、美術館の方には「答え合わせ」に出かけるだけのつもりだが……いずれにしても、今回のお遊びは長丁場になりそうだと、ラウールは腹を括っていた。
(保険で簡易的ですが……用心のために一番薄いタイプのマスクを忍ばせておいて、正解でした。とは言え……)
手元にある飾り石はブラウン・コーネルピンのみ。耐久力はそれなりにあるものの、「知性を高める」という追加効果は今回の持久戦には、やや不向きだ。
(まぁ、いいでしょう。言語の混沌に対峙するには……この位が丁度いいのかも知れません)
今頃、あの子はどうしているだろう。……そんな事を考えると、満月の夜がいつも以上に待ち遠しい。普段であれば、あまりそういった事は興には沿わぬが。今回はとことん、スマートにシャープに。そんな救世主を演じてみるのも、悪くない。
***
独房に放り込まれてから、まだ1日目。それなのに、周囲の看守達に心なく「野良猫ちゃん」と呼ばれながら……好奇の目を向けられるのに、キャロルの神経はとっくに磨耗し尽くしていた。どうやら、牢獄というのは孤独を強いられる割には、完全に1人にはしてもらえないらしい。常に監視され、覗かれているという異常な状況の悪寒に……痩せた心が凍え死んでしまうのも、時間の問題だろう。それでも……キャロルは少しだけ見つめられた甘い夢を噛みしめながら、ようやくか弱い気力を保っていた。
(……なんだろう? 何か、騒がしい気がする……)
監獄に似つかわしくない、どこか浮き足立つような焦燥。彼女の虚ろな神経さえもが掻き乱される空気に、思わず鉄格子に頬を食い込ませながら、外の様子を窺えば。……今日も飽きずに、もはや日刊紙になりつつある号外が出ているらしい。
「おや? 野良猫ちゃんも、これが気になるのかい?」
「……とっても気になります」
「そう? もうリタイアしたコソ泥には関係ないだろうけど……とうとう、あの怪盗紳士がコーネ美術館相手に予告状を出したらしいよ。あはは、残念だったねぇ。憧れの怪盗紳士に会うことさえ、できなくて。何せ……野良猫ちゃんは4日後に、死んじゃうことも決まったみたいだし。この先、数日は退屈しなくて済みそうだ!」
事もなげにキャロルの死刑執行日をあっさりと暴露しながら、楽しそうに高笑いし始める小太りの看守。彼のいよいよ人離れした悪意に、今度こそ本格的に怯え始めるキャロル。自分が死んでしまうかも知れない事以上に、自分の最期がこの街の余興として望まれているらしい事に……底無しの無情を感じずにはいられなかった。




