パパラチア・ワンダーロード(14)
「ロンバルディアには大きなお城があって、王様が住んでいるって本当ですか?」
「えぇ、本当ですよ。俺自身もロンバルディアの片田舎に住んでいますが……そこからでも、見た目だけは立派なのがよく見えるほどです。ロンバルディア城はとにかく、広さだけは有り余っていますからね。そんな広い城で、国王とやらが何をしているのかは、知りませんけど」
やや皮肉まじりで他愛のない質問に答えてやると、メガネ越しでも瞳を輝かせているのが分かる程に、嬉しそうに笑うキャロル。お喋りの合間に運ばれてきたシフォンケーキにホイップクリームを乗せつつ、口に運んだ瞬間に幸せそうに頬を染められれば……普段から周囲には無関心なはずのラウールも、思わず頬を緩ませる。
「……ラウールさんはそのロンバルディアに、いつ帰っちゃうの?」
「明確な日取りは決めていませんが……依頼主からのご所望品探しがまだ終わっていませんので、しばらくは滞在予定ですよ」
「ご所望品?」
「えぇ。コーネにやってきたのは美術館の展示品の鑑定と、あるものの買い付けを請け負っていたからです。……その先は守秘義務がありますので、詳しくはお話しできませんが。とは言え、美術館があの有様でしたから。……既にコーネの外に出ている可能性が高そうですかね」
「そうなんだ……。あっ、その! だったら、よければ……」
「ご協力は頂かなくて、結構ですよ。……俺自身も依頼料を前金で受け取っている以上、自らの足で探します。協力が必要な相手にはきちんと報酬も揃えた上で依頼しますので……少なくとも普通の女の子にお手伝いいただける事はないですね」
「……そっか」
同情しているとは言え、馴れ合うつもりはないと突き放すようにそんな事を言ってしまえば。腹の底からキリキリと何かを締め上げるように、妙な感情が上がってくる。その痛みが所謂後悔だと気づいたのは……会計を済ませた後で見送った、頼りない背中に確かな孤独を見つけ出した時だった。
***
「どこに行っていた、キャロル。……そろそろ仕事の時間だよ」
「はい……分かっています、マム……」
夢のような甘いお菓子と、ぶっきら棒だけど根は優しいらしいお兄さんとの会話を楽しんで帰ってみれば……キャロルの目の前には、見る夢を間違えたのではないかと思える程に、堆く積もった悪夢がのしかかってくる。
そこはとっくの昔に倒産した、オールドコーネの窯元跡。夢の跡地に残された陶芸窯では、どこから集まってきたのかは知らないが……やや血の気の多いならず者達が酒を呷りながら、コーネ・コランダムの生成に従事していた。
「ほれ、今日の仕事はこいつだ。……きちんと許可は取ってある。これをカロリナ邸の宝石と摺り替えてこい」
「……あの、マム」
「なんだい?」
「私、泥棒を辞めたいの……。こんな事をしても、もう立ち直れないと思う。だから……」
「口答えするんじゃない!」
キャロルが勇気を振り絞ってみても、与えられるのは頬を張る強い痛みだけ。目の前の養母……先代の怪傑・サファイアはキャロルの父親と共に、かつてはコーネの模造宝石をきちんと広める事でこの街を蘇らせようと、一生懸命だったのだ。しかし飽和状態の装飾産業において、模造宝石の需要は皆無に等しい。そんな単純な事に気付きもしないまま、コーネの威信に驕りと怠慢を乗せ続けた結果……模造宝石もろとも、立ち直れない程に陶器街は疲弊していた。
もちろん、コーネにあってきちんと活路を見出し生き残っている者もある。駅前と観光街を擁する西エリアはそれなりの活気を保っていたが……キャロルが生まれた東エリアは、目抜き通りを照らす日差しでさえ、弱々しい。
「まだ、そんな事を言っているのか? 全く、リリアにお前の存在を広めてもらえるよう頼んでみたが……いつまで経っても、アイドル気分が抜けないみたいだねぇ。いいか、お前は泥棒なんだ。今更……それ以外の何になると、言うのさね」
「私、宝石の鑑定士になりたいの。……今日ね、ある人に会ってきたんだけど……」
「あぁ……例の目障りな鑑定士か? だとしたら……そいつを少し凹ませないといけないみたいだね。私の可愛い弟子に余計な事を吹き込むなと、教えてやらないと」
「えっ……?」
華麗なる徒花が散って尚、鮮烈な深いブルーの瞳を憎悪に滾らせ、不穏な事を言い始める先代サファイア。彼女のひび割れた瞳に、確かな殺意を読み取ると……キャロルは自分がほんの少し垣間見た夢が、誰かさんを巻き込みつつある事に、泣き出すのを堪えるのが精一杯だった。




