パパラチア・ワンダーロード(12)
「あの……ロンバルディア様、お客様がお待ちみたいですけど……」
「お客様……? 俺に、ですか?」
陶器街で“サファイアちゃん人形”と、喫茶店・Blue Lordでとりあえずコーヒー(粉)を仕入れて、ようやくホテルに戻ったラウールの顔を見るや否や、あの陽気なホテルマンが来客について耳打ちしてくる。もしかして、例のジャーナリスト達に滞在先がバレてしまったのだろうか。どことなく嫌な予感を募らせながら聞けば、ホテルマン曰く……かなりの時間を既にお待たせしてしまっているらしい。そんなお客様の所在をお伺いし、仕方なしにとりあえずそちらに向かってみるラウール。コーネに来てから、それらしい知り合いは作らなかったつもりだが。一体、誰だろう?
「……えぇと。……あなたが俺を訪ねて来てくれたという、お客様ですか?」
「多分、そうです。えっと……あなたがあの意地悪な鑑定士さん、ですか?」
「そうみたいですね」
大仰にお手上げのポーズをしながら肩を竦めて見せると、瓶底メガネの向こう側からも険しい視線を投げてくる若い女の子。歳は……大体15、6程度だろうか。とりあえずお待たせしてしまった事に一応の詫びを入れながら、向かい側のソファに腰掛ければ……メガネの奥に潜む瞳が、やや深緑を帯びた深いブラウンであることにも、目敏く気づく。その見覚えのある瞳の色に、この街で嫌われ者になったなりに、それなりの釣果があったと……ラウールは思わず、口元を意地悪く歪ませる。
「さて、お嬢さんは俺に何の用です? 言っておきますが、サファイアに対する評価を改めるつもりはありませんよ」
「……別にそういうつもりで来たわけじゃないです。私はただ……この街でそういう事は言わない方がいいと、注意しに来たの。……表向きの観光客さんはきっと大丈夫ですけど、お兄さんの場合、そうじゃないでしょ? ……聞きましたよ。館長さんにも、あの美術館の宝石が全部偽物だってお伝えしたって」
「えぇ、そうですね。……とは言え、“ワンダー・パパラチア”以外の模造品はよくできていました。簡易的な道具しか持ち合わせていなかったものですから……偽物だという判断材料を見つけるまでに、それなりに苦労しましたよ」
“ワンダー・パパラチア以外”の文言に、彼女の眉間が僅かに狭くなったのも見落とさず、だけど、敢えてそれに気づかないフリをしながら……例の偽物の不出来さを淡々と語ってみせると。みるみるうちに、悲しそうな顔をし始める目の前の女の子。その様子に、あの杜撰な模造品の作者が彼女らしい事を確信する。それにしても……。
(この程度の指摘で、涙目になるなんて。……この子には、泥棒になった自覚はあるんですかねぇ……)
「おや……どうしました? 何をそんなに泣きそうになっているのです?」
「べ、別に……大丈夫……です……」
「そうですか? まぁ、いいでしょう。あぁ、そうそう。そう言えば、お嬢さんはお人形遊びはしますか?」
「えっ? お人形は好きですけど……それがどうかしましたか?」
「それは良かった。実はちょっとした勢いで、あまり趣味に合わない物を買ってしまったものですから……持て余していましてね。よければ、散々お待たせしてしまったお詫びに、この子を差し上げますよ」
そんな事を言いながら、わざとらしくトランクから例の“サファイアちゃん人形”を取り出すと、押し付けるように彼女の前に座らせる。そうして差し出された人形の面影に、彼女の方も有り余る心当たりがあるのだろう。人形の瞳の茶色を認めると、同じ色の瞳からポロポロと涙を零し始める。
「……そう。泣くほどに気に入ってくれたようで、嬉しいですよ。先ほど、サファイアの悪口を言わない方がいいなんてご忠告をいただきましたが……一応、個人的な見解を述べさせていただきますと。今のままでは、例の大泥棒が逃げ足だけのコソ泥を相手にする事はまずないでしょう。もし、彼をどうしても“お茶会”に参加させたいのでしたら……それなりの招待状を出さないといけません」
白々しくそんな事を言いつつ……涙の意味さえも敢えて取り違えて、一方的に話を切り上げては、その場を後にするラウール。ちょっと意地悪だったかなと思いながらも、彼女が望んで「こんな事」をしていないらしい事情を考えると、どこか息苦しい。……どうやら、望まない轍の上を歩いているのは自分だけではないようだ。




