彗星のアレキサンドライト(11)
「遅いぞ、グリード」
「あぁ、ごめん。意外と時間がかかってしまった。でも……ほら。ちゃんと無事にお嬢様を連れて来ましたから、この先は頼みますよ……兄さん」
「分かっている。……さ、ルヴィア様。お早く。この先は僕の方でご案内しますから、心配いりませんよ」
「……お兄さん? って……こちらも、警部補さん⁇」
グリードも確かに、「迎えを用意している」とは言っていたが。彼に連れてこられた場所で待っていたのは、やはり見慣れたはずの面影で。そんな状況を飲み込めないままでいるルヴィアを慰めようと、クスクスと笑いながら種明かしをし始めるグリード。
「……言ったでしょう? 俺はあくまで泥棒なのだと。警部補なのは兄さん……モーリスの方です。実は俺達は双子でして。だから……フフ、見事に瓜二つでしょ?」
「驚かせてしまってすみません、お嬢様。とにかく、今回はちょっとした依頼があって……こうして弟と一緒に、あなたを連れ出そうと芝居を打ったのです。話の続きは馬車の中でしますから、見つからないうちに出かけましょう」
「は、はい……」
「それでは、お嬢様。この先はもう、捕まらないように気をつけてくださいね。また、そのうちお喋りしに行くかもしれませんから……その時は相手をしてくれると、嬉しいです」
「えぇ、もちろんです。ありがとう、グリードさん。私……あなたの事、忘れません。思い出も、お話も……そして自由をくれた事も。何もかも、決して忘れません……!」
彼らの別れ際をきちんと見守った後、いよいよゆっくりと走り出す馬車。その行く先を見届けて……グリードは不敵に微笑みつつ、仮面を剥ぎ取り警部補の方に戻る。そうして、この先の顛末を見物しようと、来た道を戻り始めた。何せ、彼にしてみれば、この先の出来事こそが一大エンターテイメントに他ならないのだから。
***
「フン! グリードの奴め。予告状を出した割には結局、来なかったではないか。とうとう、我らに恐れを成したか?」
「かもしれませんね。ほら……父上。アレキサンドライトもこの通り、無事ですよ。フフフ、これで父上はあの怪盗紳士・グリードを無傷で追い払った名士として、その名を轟かせることになるのですね!」
「そうか……そうですね! いやぁ〜! 今回も皆様のお陰で、家宝を守ることができました! 早速、盛大に祝宴といきましょう!」
結局、現れなかった怪盗をめいめい罵りながら、上機嫌の彼らの狂騒を破るように、慌てた様子でモーリスがやってくる。彼の慌てて震える手には……1枚の書状。
「どうした、モーリス! とにかく、落ち着くのだ。ほら、この通りロヴァニア様の家宝も無事だぞ! いやぁ、今回は我々に怖気付いて、流石のグリードも来なかったみたいだ。それなのに……お前は何を、そんなに慌てているのだ?」
「えぇと……どうやら、今回のグリードの狙いは……そのアレキサンドライトじゃなかったみたいでして。お嬢様のご様子を確認しようとお部屋を訪ねましたら、テーブルにこんな物が残されていました……」
「……⁉︎」
恐る恐るモーリスが差し出した書状を、これまた恐る恐る覗き込む3人。そこには……彼らを小馬鹿にするかのように、人を食った謝辞が簡潔に認められていた。
“今宵、予告通りこの屋敷で最も美しい紅玉……
最上級のルビーと見まごう程に麗しい、ルヴィア様を確かにお預かり致しました。
また私と遊んでくださる時は、是非にお相手して頂ければと思います。
この度も素敵な時間をありがとうございました。
グリード”
「これは……一体……?」
「まさか……。グリードの狙いは最初から、この家宝ではなく……ルヴィアの方だったのか?」
「なんて事だ! 私の花嫁が……明日、ようやく迎えられると思っていたルヴィアが……怪盗如きに攫われてしまうなんて!」
手紙の内容にようやく事と次第を理解すると、先ほどまでの上機嫌を一気に急降下させて、絶叫し始める3名様。そんな彼らの様子を……表面上は怯えた様子で見守りつつも、内心は目の前のアトラクションに溜飲を下げるモーリス……いや、グリード。
(あぁ、あぁ。本当に皆さん、間抜け揃いで面白いなぁ。俺……お腹が痛くて、仕方がないや)
1つ、残念なことがあるとすれば。今、この場で腹を抱えて笑えないことくらいか。
そんな事を考えながら、目の前の宝石も改めて頂きに上がろうと、虎視眈々と狙いを定める。この屋敷も、この街も……全てが広大な遊び場だと思うと、胸が踊って仕方がない。この世界はどうして、こんなにも色鮮やかで楽しいことが溢れているのだろう。




