パパラチア・ワンダーロード(11)
(陶器人形はこうして作られるのですね……なるほど。ビスクの名称に、偽りはないということでしょうか)
飛び込みで見学させて欲しいと、窯元を梯子してお願いすること、数件。ようやく7軒目に訪ねた窯元が、丁寧にガイド付きで自慢の作品……ビスクドールの製造工程を説明してくれる。今時、一般的には高級品でもあるビスクドールに需要があるのかと訝しく思うものの。どうやら、この窯元はそれなりに商売上手だったらしい。最終工程まで運ばれて来た人形に、紫色の模造宝石と黒いマスクが付けられる頃には……その人形が誰かさんをモデルにしていることにも、すぐに気づく。
「もしかして、これは……」
「えぇ。例の怪盗紳士を象った人形です。普通の人形では売れませんから、このアトリエではちょっとしたキャラクター物を作る事で、売り上げを伸ばしているんですよ」
「あぁ、そういう事ですか。でしたら……こっちの綺麗なお嬢様は、紅蓮舞姫の人形ですか?」
「えぇ、その通りです。どうです? とっても可愛いでしょう?」
昨今、巷で話題の悲恋物語……紅蓮舞姫の舞台を知っている者であれば、印象的な衣装を見ればイヤでも彼女をモチーフにしていることくらいは、瞬時に分かるというもの。そうして並べられた人形達の顔ぶれが、有名どころばかりで錚々たるメンバーである事を認めると、なるほどと唸る。その一味に自分が混ざっているのは、ともかく……この様子であれば、ひょっとすると例の彼女もいるかもしれない。
「あぁ、そうだ。もしかしたら、この中に怪傑・サファイアもいますか? よければ、コーネでの思い出話と一緒に、1人連れて帰りたいのですけど」
「もちろんいますよ? こちらの子がサファイアちゃんです」
「ほぉ〜……。この子が、ですか……?」
連れて帰るのリップサービスに気を良くしたガイドのお姉さんが、自信満々に抱えて見せた“サファイアちゃん”は、その通称名とは裏腹に……地味な黒い服を着た、冴えない印象の人形だった。顔立ちこそ、ビスクドール由来の整った造形をしているものの。先ほどの紅蓮舞姫と比較したら、華やかさは見る影もないと言っていい。しかし、相手が泥棒だと考えれば……この質素さは、当然なのかもしれない。しかし、ラウールにはそれ以上に気になる事があって……。
「……サファイアなのに、瞳はブルーじゃないんですね」
「今のサファイアちゃんの瞳は茶色ですから。だから、この子も茶色の目をしているんですよ」
「お姉さん……今、なんて言いました? “今の”サファイア……?」
「あら、知らなかったのですか? この人形のモデルは2代目・サファイアですわ」
「2代目……?」
美術館の模造宝石の出来に差があったのは、もしかしてそれが原因だったりするのだろうか? 少なくとも、2人以上の泥棒が出入りしていると踏んではいたが……。まさか、その怪傑・サファイア達も代替わりしていたなんて。
(あぁ、そういう事ですか。仕事も鮮やかな先代のサファイアと、ドジっ子の現代サファイア……。2人の関係性は分かりかねますが、同じ通り名を名乗っている時点で……)
少なくとも、それらしい師弟関係くらいはあるだろう。
結局、銀貨4枚で買わされてしまった”サファイアちゃん人形”を抱えながら、今日はもう一度あの喫茶店に寄って帰ろうと思い直す。彼女達の関係性に、いつか一緒にいた誰かさんに宝石の知識を教えてもらった事を思い出しながら、苦々しい記憶が頭の中を駆け巡るのが……少し辛かった。




