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パパラチア・ワンダーロード(10)

 労働とコーヒーの相性について、遺憾無く自分の鼻をくすぐり続ける暗褐色の液体を前に考えてみる。

 駅前の観光案内所でコーネの陶器街の場所を探し当てると、馬車を乗り継いでこうして現地に足を運んでみたが……寂れた街並みに溶け込むように佇んでいた、喫茶店に吸い込まれるように駆け込めば。メニューにご所望のマウント・クロツバメはなかったものの、こだわりが見え隠れするお品書きににハズレはないだろうと、ブレンドを注文してみるラウール。そして……。


(ここにきてようやく、ちゃんとしたコーヒーにありつけました……! なんて……なんて、いい香りなのでしょう……!)


 間違いなく彼には珍しい満面の笑みを湛えて、その場の空気に花を咲かせ始めるラウール。……きっと近くにモーリスがいたらば、不気味だと怯え始めるに違いない。


「そう言えば、お客さんは見ない顔だけど……どこから来たんだい?」

「え? ……あぁ、ロンバルディアから来ました。少しコーネの産業について調べ物があったものですから、折角ですし、窯元の様子も見学しておこうと思いまして」


 ラウールのあまりに幸せそうな表情に、興味を唆られたのだろう。カウンターの向かい側から、大切そうにカップを磨いているマスターが話しかけてくる。そして、彼の恭しい手元と自分が指を通している食器を改めて認めると、この街の事情をそこはかとなく嗅ぎ取るラウール。互いの手にあるのは……紛れもない、オールドコーネの逸品だった。


「それにしても……こんな風に惜しげもなく、貴重品でコーヒーを出してくれる店があるなんて、思いもしませんでした。これ……相当、高価なものなのでは?」

「なるほど、お兄さんは若そうな割には物知りみたいだね。よくぞ、気付いてくれました。いや〜、嬉しいねぇ。そいつはオールドコーネの迎賓用の逸品で。……そうさね。きっと、お兄さんの2ヶ月分のお給金くらいのお値段だと思うよ?」

「それはそれは……だったら、割らないように気をつけないといけませんね」


 きっと彼は何気ない普遍的な物差しで、そんな事を教えてくれたのだろう。自分の年代であれば……1ヶ月の給金はよくて銀貨1枚に届くかどうか。だとすれば、この手にあるほんのりと淡いブルーを纏ったこのカップは、大凡銀貨2枚弱程度という事だ。そんな目も眩むような金額にいよいよ、興醒めだとラウールは内心で呆れてしまう。


(あぁ……。この程度の品物で銀貨2枚をせしめるのですね、オールドコーネという(ブランド)は……)


 日常的に使うには値が張りすぎて、遠慮を伴い。かと言って、おもてなしに利用するにも華やかさが足りない。Too much spoils, too little is nothing……過ぎたるは、及ばざるがごとし。

 心の裡では皮肉まじりに考えつつも、ここはきちんと取り繕うに限ると判断する。滞在先からかなり離れているとは言え、この喫茶店にはかなりの頻度でお世話になるかもしれない。だとすれば……この街でどこまでも部外者の余所者(放り込まれた異物)が溶け込むには、サファイアとオールドコーネの悪口は言わない方がいいだろう。今回ばかりは、従順に発揮された学習能力を元に平穏を決め込むと、口元をありったけ緩ませる。そうして……我ながら、カフェインの束縛には抗えないと、自嘲してしまうラウールであった。

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