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パパラチア・ワンダーロード(8)

「そう言えば……ムッシュ・タラントは怪傑・サファイアがどんな人物か、ご存知で?」

「えぇ、存じてますよ。何せ、この美術館を有名にした()()()でもありますから」

「立役者……?」


 相手は泥棒だというのに、どこか彼女を称賛するような言い回しが殊更、鼻に付く。昨日のミレット・ジャーナルでの狂騒といい、目の前の館長の迎合っぷりといい。どうしてそこまで彼女が持て囃されるのかが、兎角腑に落ちない。


「……分かっていらっしゃるとは思いますけど、相手は泥棒ですよね? ()()()()()()が彼女の仕業とは断定しませんが……現に、こうして宝石類は泥棒に全滅させられているのでしょう? それを立役者などと持ち上げるのは……少々、ズレている気がしますけど」

「流石にロンバルディアの鑑定士さんは、鑑別結果以外の部分でも正直ですね。もちろん、それは痛いほどに自覚していますよ。だけどね、彼女が出入りし始めたことでこの美術館の客足が増えたのは、紛れもない事実なのです。ですから……例えコレクションが偽物だと分かったところで……もう、引き下がることはできません」

「……あなたには、矜恃というものはないのですか? 偽物と分かっている美術品で、鑑賞料を取られる側の身にもなってみてください。……それ、完全に詐欺の類ですよ」


 タラントの諦め切った物言いに、苛立ち紛れにスパリと彼の言い分を切り捨てる。確かに犯罪者という檻の中では、ラウールもどこまでも同じ穴の狢ではあるだろう。だが……仕事に対するプライド(美学)の有無の差は、どんなに些細な差でも、雲泥の差だ。


「まぁ、いいでしょう。昨日もあなたと()()()()()()()を怒らせたばかりですし……俺はこの街にしてみれば、突然やってきた部外者の異物でしかありません。だから、まだその()()()()()()に馴染めないでいるのでしょう。きっと、このコーネは……可愛い怪傑・サファイアに丸ごと、狂わされているのかもしれませんね」

「えぇ、えぇ……その通りですよ。私達は彼女の始めた“気狂いのお茶会”のお誘いに乗った挙句に、そこから抜け出せないでいるのです。いえ、違いますね。間違いなく、彼女もお茶会の登場人物の1人でしかありません。主催者さえも分からないこのお茶会が終わるのを、実は私は今か今かと……心待ちにしているのです。時計の針はきちんと進みますが、来る日も来る日も本当に1日が終わっているのかの実感がないように思えて久しい。ですから、今回こうして外部の鑑定士さんを呼んだのは……ある意味で()()()だったのかもしれませんね」

「……」


 意図せずやり込めてしまったらしいタラントの寂しい笑顔を見つめながら、いよいよため息をつく。彼の話ぶりからしても、どうもサファイアを祭り上げているのには、街ぐるみの深い事情があるらしい。そこまで考えて、目の前の紳士をこれ以上虐めるのは悪趣味だと、とりあえずお仕事完了の証として鑑別書を発行する。簡易的な内容ではあるが、内包物の状態と屈折率から導き出した結果……“ワンダー・パパラチア”以外は全てが精巧な合成コランダムであることを記載してタラントに手渡すと、お古のトランクを提げながら美術館を後にする。

 この場合は、例の“ワンダー・パパラチア”以外の偽物の出所も非常に気になるが。次はそちらも視野に入れて、アプローチした方がいいだろうか。

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