パパラチア・ワンダーロード(7)
結局、口に合うコーヒーさえも見つけられずに、今日は散々だったと……ため息をつきながら、ラウールはホテルに戻る。
コーネという街はどうも、文学とはあまりご縁がない土地柄らしい。街の片隅に図書館もあるにはあったが、規模も蔵書数も到底ラウールを満足させるものではなかった。新聞のバックナンバーも申し訳程度しかない上に、肝心のサファイアの記事は3種類しか見つけられない有様で……そして、彼女のターゲットも被害者の特徴も点でバラバラとあっては、手がかりどころか、取っ掛かりさえ掴めない。
その調査結果に、もう少し午前中は我慢すれば良かったと……ありもしない後悔が頭をもたげる気がして、遣る瀬ない。
(仕方ありません。今日はルームサービスで済ませましょうか……。とりあえず、今は仕掛け網の釣果に期待するとしましょう)
それに、明日は早朝からムッシュのご指名で、正式に美術館の方でお仕事をする事になっている。そこで改めて偽物だと公言してやれば……いよいよサファイアの方から接触があるかもしれない。こちらでもちょっと有名らしい怪盗として正式にお相手するかは……彼女の出方を見てから決めても、遅くはないだろう。
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(これは……一体どういう事でしょうか……?)
開館前の美術館のバックヤード。手持ちのトランクから愛用のルーペと小型の偏光器を取り出して、一旦引き上げられていた美術品の鑑定を始めるものの……その結果に、目眩がしそうだ。と言うのも、目の前に並べられた装飾品含む美術品のありとあらゆる宝石が偽物で……どうやら、例の“ワンダー・パパラチア”以外も尽く、既に模造品に摺り替えられた後らしい。特にこの美術館で1番価値があるとされているはずの、「天使の宝冠」に鎮座している、“ルシエルの涙”と呼ばれる大粒のサファイアさえもが精巧な偽物だった。そうして……いよいよ事実を依頼主にどう伝えようかと、頭を悩ませる。この暗澹たる結果を包み隠さず言い渡せるほど、流石のラウールも冷血ではない。
「あの……非常に言いづらいのですが。一応、鑑定結果をお伝えいたしますと……」
「……えぇ、分かっていますよ。“ワンダー・パパラチア”以外も偽物だったのでしょう?」
しかしどういう訳か、依頼主……コーネ美術館長のタラントが腰あたりだけではなく、物分かりさえも良さげにしみじみと呟く。どこか落胆したというよりは、安心したという彼の表情に……裏事情の異臭がし始めるのを、機敏に嗅ぎ取るラウール。どうやら……この美術館にも後ろ暗い何かがあるらしい。
(しかし……こうなると、解せないことがあります。……どうして、あのパパラチア・サファイアだけ、あんなにもお粗末な出来だったのでしょう……?)
他の宝石類もきちんと鑑別できたものの……ここまで精巧な偽物だと、専用の道具を使わなければ判別は難しい。しかし、あのウサギの瞳だけはそれさえ使う必要もないくらいに、とにかく仕上がりがよろしくない。何せ、パパラチア・サファイアは数あるファンシーカラー・サファイアの中でも、特定の色味……桃色と橙色の中間色のものにしか与えられない名称だ。伊達に「蓮の花」等という、ありがたいお名前を名乗っているわけではない。しかし逆に言えば、その色味さえ再現できれば中級者くらいまでなら誤魔化せるということでもある。それなのに……あのウサギの瞳は、誤魔化す意欲さえ見られない程に酷いものだった。
そこまで判明すれば、答えは1つ。……おそらく、この美術館のコレクションに関しては少なく見積もっても、2人の泥棒が出入りしていたのだ。かなり不明瞭な予想ではあるものの……ドジっ子のサファイアとは別に、腕利きの泥棒が暗躍していたと考えるのも、一興だろう。




