パパラチア・ワンダーロード(5)
郷土愛に溢れた、地域密着型情報誌。そんな煽り文句と一緒に記載されていた住所を手がかりに、ミレット・ジャーナル社とやらを訪ねてみれば。謳い文句に違わず、アッサリと担当者を呼んでもらえる事になった。怪しまれなかったのに安心した反面、あまりの敷居の低さに大丈夫なのかと、却って心配してしまう。とりあえず、話を聞くためのアポイントを取ってから、と思っていたのだが。……これはローカル出版社ならではのフレンドリーさだと考えてもいいのだろうか。
(小さな出版社の割には結構、活気がありますね。……この様子であれば、情報に関しては信用できそうでしょうか……?)
そんな事を考えながら、勧められたソファで待つ事、数分。何やら、奥の方から慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえてくる。まさか、突然やってきた観光客相手にそんなにも大勢でお相手してくれるのだろうか。しかし、その喧騒はどうも、接客をするためのものではないらしい。気づけば、色とりどりに着飾った5〜6人の女性達に囲まれている。……一体、何が始まるのだろう……?
「あなたが今日の号外について聞きたいっていうお客様かしら?」
「え、えぇ……コーネに仕事で来ていたのですけど、とても面白そうな内容でしたので。折角、しばらく滞在するのですから、土産話にでもできたらと思いまして」
「あぁ、そうでしたの。まぁまぁ……なるほど。こちらでお仕事に、ねぇ……」
「そうなんですよ。ですから、俺はこの怪傑・サファイアを知らなかったものですから。聞けば、こちらでは随分と世間様を賑わせているようですね」
「えぇ⁉︎ あ、あなた……まさか、サファイアをご存知なかったのですかッ⁉︎」
特段嘘をつく必要もなかったので、きちんと正直に答えたつもりだったが。ラウールの答えは彼女達を随分と落胆させるものだったらしい。先程までの興奮具合が急激に落下し始めるのに、何故か非常に申し訳ない気分にさせられる。
「……そうでしたの……。サファイアはそんなに有名ではなかったのですね……」
「え? えぇと……そうですね。普段から新聞はある程度、目を通すようにしていますけど……少なくとも、ロンバルディアでの知名度はかなり低いんじゃないかと……」
「チ、チーフ、聞きました、今の!」
「グリードの方はこっちでも結構、有名なのに! 我らのサファイア、負けてますよ⁉︎」
「こうなったら、何がなんでもあの怪盗紳士と対決させて、知名度をアップさせませんと!」
知名度をアップさせる……? 明らかに見当違いの目論見の元、何やら妙な方向に一致団結し始めると、ラウールがいるのにも関わらず、作戦会議をし始めるご婦人方。それでも彼女達の会話にしっかりとヒントもあるものだから、この場合は同席させてもらえるだけでもいいかと思い直す。
(なるほど。怪傑・サファイアの存在はコーネにとって、町おこしの意味合いもあるのですね……。それにしても……)
いかなる理由があろうとも、泥棒は歴とした犯罪だ。ラウール自身もその事を忘れた事はないし、それに関してはある種のお墨付きという免罪符を握りしめているだけという事も自覚している。そして……ヘマをしてお縄を頂戴する事になったらば、周りを巻き込まずにきちんと尻拭いをする覚悟と矜持も忘れたつもりなはい。
しかし、そんな泥棒の存在を……あろう事か町おこし紛いのイベントに利用するなんて。……谷間の観光地として、名を馳せているはずのコーネの財政は随分と切羽詰まっているようにも思える。その上、彼女達は明らかに基本的な大前提を考慮していない。もしかしたら……「谷の中に住み続ける者」というのは、こういう事も含むだろうか。
「そう言えば……。対決させるのは、大いに結構でしょうけど……そのグリードの方にはお知らせとか、行っているでしょうかね? 多分、彼はこの記事にある予告状……知らないと思いますよ?」
「……」
予想外にサファイアの知名度が低かった事以前に、ラウールの当然の指摘にいよいよ崩落する、ご婦人方の威信。その水を打ったような静けさが……殊更痛いのは、気のせいではないだろう。




