パパラチア・ワンダーロード(3)
号外という小道具は殊の外、情報収集の語り草には持ってこいらしい。ブランネル公名義で予約されていたものだから、フロントで必要以上に恐縮されはしたが……それでも、新聞片手に尋ねてみれば、愛想の良さそうなホテルマンが陽気に質問に答えてくれた。
「あぁ、怪傑・サファイアですよね。もちろん、知っていますよ。最近話題の宝石泥棒でして。僕は怪盗紳士・グリードの方はよく知りませんが……何でも、彼と違ってちょっと間抜けなところがあるとかで。……よく、間違えちゃいましたと、律儀に盗んだものを返してくるんだそうですよ」
「……宝石泥棒が間抜けって、かなり致命的な気がするんですけど……」
「そうですね。まぁ、それでも今まで捕まらずに済んでいるのですから、逃げ足だけは超一流なのでしょう。フフフ、僕は彼女のそんなところ、嫌いじゃありませんけどね」
「彼女……? という事は、このサファイアって女性なんですか?」
「や、ロンバルディア様はご存知なかったのですか? 何でも、とっても可愛い女怪盗だとかで……結構、ファンも多いのです」
そんな事を言いつつ、さり気なくロンバルディアの方で呼ばれた事に押し黙るラウール。ムッシュはおそらく「自分の孫」アピールのつもりで、そんな暴挙をしでかしたのだろうが……これからしばらく滞在しなければいけない身としては、かなりの部分で神経を逆撫でされた気分だ。そして、そんな事にラウールが不機嫌になっているのにも気付かない陽気なホテルマンが、余計なサービス精神を発揮しておまけを付け加えてくれる。きっと自身も相当の大ファンなのだろう、いよいよ頼みもしていない彼女の魅力についても熱弁し始めるが……正直なところ、彼女の魅力については本当にどうでもいい。
仕方なしに彼の熱弁にも一通り付き合った後で、肝心の鍵をようやく受け取ると、用意されていた部屋に辿り着く。何だか、変な所で疲れた気がするが。今度は目の前に広がる、何かの間違いだろうかと思える程の豪華な部屋に、立ちくらみがする。……この広さを、1人でどう有効活用すればいいのだろう……?
(今はそんな事に気を取られている場合ではないですか? とりあえず……かのサファイアさんが間抜けなフリをしている女泥棒だと分かっただけでも、良しとしましょう)
先ほどの話から察するに、おそらく……彼女はドジを装って、本物の方はしっかりと懐に収めているのだろう。ただし、それには当然ながら偽物を用意するだけの技術が必要となる。現に、摺り替え済みが判明しているコーネ美術館の模造品は、そのまま展示されているくらいなのだから、きちんと展示に耐えうるクオリティはあるという事だ。
(となれば……これは何かのチャレンジなのでしょうか? それとも……?)
とは言え、そんな事を繰り返していれば、あっという間に足が着きそうな気もする。それなのに、今の今まで「摺り替えられていた事実」が明るみにならなかったとなると……被害者達にもm表沙汰にできない事情があるのかも知れない。
もちろん、本当に気付かれなかったものも確かにあるのだろう。だが、それを差し引いても……この状況は異常でしかない。と言うのも、ラウール自身は店を引き継ぐ際に宝石鑑定士の資格は取得してはいるものの、ある程度の知識と設備があれば、真贋の見極めも多少は可能なはずなのだ。その上で盗品が返却されたとあれば、いの一番に鑑定に出されそうなものだが……それがされてこなかったのには、どう考えても不自然だ。
(何れにしても……明日は美術館に足を向けてみますか。まずは実物を確かめるのが、先です)
そんな事を考えながら、気苦労ばかりでヘトヘトの体をベッドに預けてみる。しかし……どうも、この柔らかすぎるマットレスが気に入らない。どうして毎度のことながら、ムッシュは状況を悪化させてくるのだろう。