パパラチア・ワンダーロード(2)
いつも通りに出勤したモーリスを、不慮の事態が襲う。おそらく、先日のリーシャ真教の一件で管理職が重篤になったのが、問題になったのだろう。割合平和なロンバルディア地区の基盤補強の名の下、中央署に新たな管理職が着任したという事だったが……その名前につい、戦慄を禁じ得ない。
(トマ・ブキャナン警視……)
これは偶然の一致か、はたまた必然の陰謀か。
先月の慰安旅行でブキャナン警視とは妙な因縁を抱え込んでいる以上、ただただこの先の境遇に頭どころか、今回ばかりは腹も痛い。普段から内勤が多いモーリスにしてみれば、針の筵とはまさにこの事で……こうなったらいっその事、異動願いでも出そうかと本気で考え始めてしまう。兎にも角にも、これからは出来る限り、外回りに精を出した方が良さそうだ。
***
列車に揺られる事、1時間半ほど。ようやく目的地のコーネ駅に降り立つと、駅舎の外に人集りができているのに気づくラウール。様子を見るに……どうやら、新聞の号外が出ているらしかった。あまり長い物に巻かれるのは好きではないが、しばらく滞在する予定なのだし、空気に馴染む意味でも情報収集は必要だろう。そんな事を考えながら、何の気なしに受け取った紙面の記事に、今度は度肝を抜かれてしまう。
(怪盗紳士・グリードへの挑戦状! 真の怪盗紳士はどっちだ……? はて。俺はライバルなんてモノを持った記憶はございませんが……?)
やや下品な色使いの紙面に辟易しながらも、素早く書かれている内容に目を通す。その語り口からするに……怪傑・サファイアと名乗る人物が同業者の怪盗紳士をご指名の上、“ワンダー・パパラチア”を賭けた予告状を美術館に突き付けたらしい。ご本人様の都合さえも無視した一方的なやり口につい、笑ってしまうが……一方で予告内容に思わず、別の部分でもほくそ笑むラウール。手掛り1つない状況で、どこからターゲットを狙おうかと考えていた矢先に、こうして向こうの方から歩み寄ってくるなんて。
(俺としては怪盗紳士なんて呼ばれるのは、癪ですけど。それでも……折角のお誘いですし、一緒に遊びましょうか。とは言え……)
そんな事に胸を躍らせつつも、1つの疑問が頭を過ぎる。どうしてかの怪傑・サファイアはこんなまどろっこしい事をしてまで自分を挑発してきたのだろう。そもそも、それらしい人物に心当たりがない。確かに、今までそれなりに恨みを買うことはあっただろうが……それを抜きにしても、同業者の知り合いは皆無だ。
(……まずは、このサファイアさんとやらを調べる必要がありそうですね……)
サファイアさんが例のコレクションを摺り替えた張本人かどうかは、定かではないが。今、展示されている物が偽物であるという事実はまだ公表されていないはずだった。もし、それを知らないで予告状を出しているのであれば、間抜け以外のナニモノでもない気がするが……間抜けだろうと、何だろうと。その挑戦、是非に受けて立ちましょう。そんな事に気分を上向かせながら、初めは気乗りしなかったはずのお仕事にやる気を見出す。そして……不意にノコノコとやってきたグッドニュースに、美術館巡りがいよいよ楽しみになってきたラウールであった。